サイカナ探偵団は勝負に出る(二)

「あら、私も俊さんとお話ししたいな。今日はお父さん達に譲るとして、明日以降で空いている日はいつかしら?」


 聖良は強引に俊と約束を取り付けようとしていた。俊が助けを求める視線をこちらへ送ってきた。

 無表情の才が切り返した。


「予定の確認は後にしてもらっていいですか? 今は聖良さんにお伺いしたいことが有りますので」

「私に? いいですよ、何でも聞いて」


 俊から視線をずらさずに聖良は快諾した。これから自分の罪が白日の下に晒されるとは思ってもいないのだろう。

 才の眼が怪しく光った。


「木嶋友樹さんと坂上健也さんを、どうして殺害されたんですか?」

「!?」


 いきなり才は確信に触れた。まさに単刀直入。辻斬り御免。最初は遠回しに聞いていく予定だったので、仲間の私も度肝を抜かれてしまった。打ち合わせと違ーう。


「は…………?」


 虚を突かれた聖良と、隣の席の慎也が怪訝そうに才を見つめた。同じ表情をすると流石は親子、瓜二つだな。才も同じ感想を述べた。


「お二人はよく似ていらっしゃいますね」

「……そりゃ、親子だからね」

「赤い髪のカツラを被って、サングラスを掛けたらもう、遠目からでは見分けがつかないでしょうね」

「キミは……」


 慎也の眉間の皺が濃くなった。しかし彼は深く息を吐くことで怒りを抑えた。大人だ。


「久留須くん、娘を殺人犯呼ばわりするには、それなりの根拠が有ってのことだろうね?」


 しっかりと才の目を見て、ゆっくり慎也は尋ねた。


「はい」


 才はひるまなかった。真っ直ぐ慎也の目を見つめ返した。


「才さん、あなたはいったい何を……」


 聖良が身を乗り出して苦情を入れようとするのを、慎也が押し留めた。


「オーケー久留須くん、キミの考えを聞こう」

「お父さん、私が侮辱されているのよ!?」

「まずは彼の話を聞くんだ聖良。反論するのはその後だ」

「……………………」


 父親になだめられ、聖良はひとまず口をつぐんだ。


「話してくれ久留須くん。ただし聞き終わった後に、娘へのいわれの無い誹謗中傷だったと判断した場合は、俺も黙っちゃいないから覚悟してくれよ?」


 静かな口調で慎也は才に宣戦布告した。親を味方に付けた聖良は余裕の笑みを浮かべた。

 私と俊は押し黙り、海児と美波はオロオロして才と渚親子を見比べていた。


「そうですね。俺が聖良さんを犯人だと考えた理由、それを一つ一つ検証していきましょう」


 心の内までは読めないが、才は全く動じていないように見えた。私や俊といった仲間が居るから? それともこれが才の真の強さなのだろうか。


「娘には、怪しい点がいくつも有るのか?」

「そうなんですよ、残念ながら。ですが警察、特に堂島という刑事は慎也さんを犯人だと疑って、しつこくマークしてますよね。これはどうしてだと思いますか? 美波さん」

「ふぇっ!?」


 授業中の教師のように才は美波を指した。急な指名にアタフタする美波はハムスターみたいで可愛かった。


「大丈夫ですよ。刑事が言ったことを思い出して、思ったことをそのまま言えばいいんです。間違えたって構いませんから」


 才は惚れた美波に優しい。海児のマンションで私に無茶振りした時は容赦無かったのに。パートナーにも優しくせいや。差別すんな。

 美波は父親の海児の顔を見て気持ちを落ち着けた後に、つっかえつっかえ答えた。


「ええと、健也おじさんが殺されたあの日、慎也おじさんのアリバイが無かったから、かな……?」


 才はよく言えましたとばかりにニッコリ微笑んだ。しかしやんわり彼女の意見を否定した。


「アリバイなら俺にも有りませんよ?」

「え、でも才さんは朝からずっと、私達と一緒に行動していたじゃない」

「はい。8時45分には待ち合わせの場所に着いていました。美波はさんはそれから五分後くらいに。そしてカナエさんと聖良さんが揃って最後に店に入ってきた。でも、その前は?」

「ええと?」

「待ち合わせた店から坂上さんの自宅まで、急げば三十分と少しです。8時に坂上さんを殺してから店に向かっても、充分間に合う計算なんです」

「あっ……!」


 そう。あの日、コーヒーショップで待ち合わせたメンバーにも犯行は可能だったのだ。

 午前中だけで犯人は坂上邸を二度も訪れていた。一度目の来訪で残されていた犯人の痕跡は、二度目の来訪時に付いたものだと誤魔化された。


「そんなことって……ウソ……」


 美波は一緒に居た四人をまるで疑っていなかったようだ。数日前まで私もそうだった。だって、まだ朝の9時前だったんだよ? 待ち合わせた相手が殺人の帰りだなんて誰が想像するものか。


「ここに居るメンバーの中で確実にアリバイが有るのは、早番出勤で会社に居た海児さんと、新型ウィルスの陽性反応が出て足止めを食らっていた俊さんだけです」

「8時なら私はまだ家にいたよ? お母さんと一緒だった!」

「はい。美波さんのように同居されている方は、ご家族から証言を得られるでしょう。カナエさんもそうですね?」


 私は頷いた。8時はちょうど、小学校へ向かう息子二人を自宅で送り出していた時刻だ。


「俺のような独り暮らしは無理ですけど」


 美波がハッとした顔で聖良を見た。離婚した父と別居、同居していた母を亡くした聖良も独り暮らしだ。

 しかも、当日待ち合わせ場所へ一緒に行こうと誘った美波の申し出を、朝の内に書類を作りたいからと聖良は断っているのだ。実際に聖良がしていたのは、書類作りではなく坂上健也の殺害だった訳だが。

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