サイカナ探偵団は勝負に出る(一)

 4月2日の土曜日。

 決戦の舞台に選ばれたのは、私と才が愛用するあのカラオケ店であった。才が慣れたホームグラウンドで敵を迎え討ちたいと切望したのと、防犯カメラが設置されているという二点からここに決まった。短期間で四度も来店したので、受付の店員さんともすっかり顔見知りだ。

 怪我人である海児に遠方まで足を運んでもらうのは気が引けたが、強打した腰はほぼ完治したとのことだった。


「そろそろですよ。気合いを入れて下さいね」


 本日の主役となる才が号令をかけた。待ち合わせ時刻である14時まであと少しだ。自然と緊張感が高まっていった。

 私と才、俊の三名は午前中に来店し、軽食をつまみながら打ち合わせをした。才がメインの進行役。私は才が熱くなり過ぎたらいさめるストッパー役。俊には聖良が暴れた際に対応してもらう。もっとも、実際に鎮圧に当たるのは伊能の人達だ。


 私達の隣りの部屋に、女当主から借り受けた伊能の二人が待機しているらしい。らしいと言うのは、俊から知らされただけで私は実際に会っていないから。俊が合図したら駆け付けてくれる手筈てはずになっている。

 私達の部屋はカラオケ器具のボリュームをゼロにしているので、防音と言えど耳を澄ませば隣室の様子が多少窺えた。ロック調の曲が掛かったかと思えばしっとりとしたバラード、ポップスに国歌斉唱まで、バラエティー豊かに伊能の方々は楽しんでいる様子だ。抱いていた忍者のイメージと違う。

 それでも彼らには期待してしまう。ヒョロガリ青年と小太り主婦、締まりのない生活で下膨れてしまった金持ち紳士の三人では、男性を二人も殺している殺人鬼に太刀打ちできないだろうから。


「待ち合わせのお客様がお着きでーす」


 約束の時刻五分前に、店員が待ち人を引き連れて部屋のドアを開けた。慎也、聖良、海児、美波。全員が一緒に来た。慎也は今日も赤髪のロックスタイルだった。

 私は聖良の顔をまともに見られなかった。慎也の顔も。


「お待たせしました。あら、そちらの方は?」

「ああ、こちらは……」


 才が紹介するよりも早く、


「おまえ……俊の坊やか?」


 海児の声が室内に響き、私は伏せていた顔を上げた。


「そうだよな、おまえ俊だよな!?」


 旧友を見つけた海児が嬉しそうに俊に歩み寄った。


「お久し振りです、海児さん。慎也さんと聖良ちゃんも……」


 俊は懐かしそうに、しかし複雑そうな苦笑いで海児と握手した。


「今までおまえ、どうしてたんだ?」


 クールな慎也も目尻が緩んでいた。メジャーデビューを賭けて駆けずり回っていた盟友同士が、実に三十年振りの再会を果たしたのだ。


「ずっとハワイにおりまして」

「ハワイかよ! いいなー、そりゃ行方が掴めん訳だ!」


 海児は笑いながら俊の背中をバンバン叩いた。彼らの中に三十年間の溝は無かった。


「本当に、俊さんなの……?」


 どういう理由か、聖良が誰よりも熱い眼差しを俊に向けた。


「会いたかった……。会いたかったです、俊さん!」


 感動で声を震わせる聖良を見て他の者は狼狽うろたえた。こんなにも感情を露わにする彼女は初めてだ。


「ど、どうしたのお姉さん」

「ああそっか、聖良ちゃんは俊によく懐いていたもんな」


 海児がキリング・ノヴァ全盛期を振り返って言った。慎也も続いた。


「そういえば俊お兄ちゃんに会いたいって、よくカミさんに連れられて楽屋に来ていたな」

「もしかして聖良ちゃん、俊が初恋?」

「あまり茶化さないでよ、お父さん達」


 聖良は幼少時から、ずっと俊に思慕の念を抱いていたのだろうか?


「才さんから重大発表が有るって、俊さんのことだったんですね?」


 明るい声音で聖良に尋ねられたが、才はその質問に答えなかった。


「……まずは皆さん、どうぞ着席して下さい。落ち着いた状態でお話ししましょう」

「だな」


 上機嫌な海児がソファーに腰掛けたのを皮切りに、全員が思い思いの席に着いた。入店時に最大七人になると伝えたので、店員は私達に団体客用の部屋をあてがってくれた。席は充分に有る。

 聖良はテーブルを挟んで俊の真正面となる席に陣取った。愛想笑いをする俊の口元が引きっていた。

 店員が四人分の飲み物を運んできた。この時点では四人共に和気藹々わきあいあいとしていた。対する私の心臓は緊張で不協和音を奏でていた。俊も腿の上に乗せた手でぎゅっと拳を造っていた。才だけが、涼しい顔をしてみんなを観察していた。


「さて始めましょう」


 才が宣言した。ついに決戦だと私は息を吞んだが、


「才さんは、俊さんとどうやって知り合ったの? 誰も俊さんの連絡先を知らなかったのに」


 聖良がニコニコ顔で才の出鼻をくじいた。不機嫌になると思いきや、意外にも才は平然と応じた。


「木嶋友樹さんのアパート前で偶然お会いしました。献花にいらしてたんです」

「そっか、俊。おまえも友樹さんの為に花を捧げてくれたんだな。ありがとう」


 海児が瞳を潤ませた。


「……健也さんの家の前にも、次の日行ってきました。もっと早く日本に帰ってこられたら良かったんですが」


 気落ちする俊を慎也がフォローした。


「気にするな。新型ウィルスの警戒で今は国同士の出入りが大変だろう。それよりも、一年ちょっと付き合った関係なだけのキリング・ノヴァの為に、行動を起こしてくれたことが何よりも嬉しいさ」

「慎也さんの言う通りだ! 時間有るならさ、今日は友樹さんと健也さんを偲んで三人で飲み明かそうぜ!」


 悲しかった。キリング・ノヴァとゴッド☆俊の絆が深ければ深いほど、この後つらい展開になると私達は知っていたから。俊は既に泣きそうだった。これからが本番なのだから頑張って。私も頑張る。

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