これで役者は揃った(五)

「あのぅ……」


 私と俊が情報収集について話しているところに、才が割って入ってきた。


「もう友樹さんと健也さんを殺した犯人は確定していますよ」

「はいぃ!?」


 才に断言された俊は目を白黒させた。顔色もコロコロ変えていたし、顔芸だけで財を成せるんじゃないかこの人。

 そして驚いたのは私も一緒だ。


「本当に!?」


 甲高い声で聞き返してしまった私に、才は深く頷いた。


「あくまでも、慎也さんが犯人ではないと仮定した上での話ですが」


 才には犯人が判っている。ということは高確率で、その人物は私も知っている誰かだ。聞きたいような、聞きたくないような複雑な感情が生まれた。


「ただし状況証拠ばかりで、追い詰めるには決定的な一手が足りないんです。動機も判らないし」

「さっきもそんなことを言っていたね」


 木嶋友樹が殺害されたアパート前での会話だ。


「久留須くん、そいつはいったい誰なんだ!?」


 俊がテーブルを乗り越える勢いで才に詰め寄った。あーでもコイツ、もったいぶって言わないッスよと私は俊を止めようとしたのだが、


「渚聖良さんです」


 拍子抜けするくらい、あっさり才はその名前を口にした。聖良ぁぁぁ!?


「せ、聖良さんがどうして!?」


 一緒にキリング・ノヴァのメンバーを守ろうと奔走した仲間じゃないか。


「動機は不明です。でも慎也さんでないとしたら、犯行が可能なのは聖良さんしか居ないんです」

「アパート前では教えてくれなかったのに、今度はえらく簡単に言うのね?」

「彼女が犯人だって確定したので」


 アパート前からここまでの短時間で?


「彼女の周りには偶然が多過ぎるんですよ。偶然が三つ以上重なると必然になるんです」


 ぞわり。数分前に出した私の結論と同じことを才はのたまった。コイツやっぱり私の思考を読めるんじゃないの? 妖怪サトリ? ぬえの祟り?

 ……いいえ、そんな現象が有ってたまるものですか。ずっと気づかない振りをしてきたけれど認めよう。才と私の思考回路は似ているんだ。才が知り合ったばかりの私に懐いて依存するのは、無意識に二人が同類だって知っているから。嫌だあぁぁぁ。


「聖良って……、慎也さんの娘さんの聖良ちゃんのことかい……?」


 俊が信じられないものを見る目を才に向けた。俊の記憶の中の聖良は四歳で時が止まっている。楽屋で遊んであげた幼女が、殺人犯に成長していたなど信じられないのだろう。


「噓だろ、そんな……」

「残念ですが、俺の中では彼女が犯人で確定しています」


 才は念を押してから、自分が聖良に抱いていた違和感、不信感を詳しく私と俊に話して聞かせた。

 話を聞いている間中、私は身体の重量を失う感覚に襲われた。カラオケ店の固めのソファーにしっかり座っているはずなのに。フワフワと宙を漂う気分だった。


(あの聖良が……)


 才が話し終わった時、もう反論の余地は無いと私は悟っていた。聖良と初めて会った木嶋友樹のアパート前、次に会ったコーヒーショップ、そして坂上健也の家。順序立てて説明されたら馬鹿な私にも解った。聖良が犯人なんだと、全ての状況が訴えていた。

 俊も私と同じだったようだ。空になったグラスをクルクル回しながら、諦めの台詞を吐き出した。


「慎也さんは、どっちにしてもつらいことになるな」


 自分が冤罪を掛けられるか、娘が殺人犯として逮捕されるかの究極の二択だ。親ならば子供を守りたいと思うだろう。自分が泥を被ったとしても。でも、それでは駄目なのだ。


「動機はまだ不明ですが、聖良さんは二人の人間を手に掛けてしまっています。聖良さんを罪に問わないということは、友樹さんと健也さんの人生を否定するということです」


 私の意見に、才と俊が強く頷いた。サイカナ探偵団プラスαの心は決まった。


「でも久留須くんの言う通り、決めの一手が欠けているね。物的証拠が欲しいところだが、伊能を動かしても、警察以上に現場を調べることはできないだろう」

「ですね。しっかり現場を調べたはずの警察が、慎也さんを重要参考人にしてしまうくらいですから」


 ここまで来てまた行き詰ってしまった。犯人が判明してゴールが見えたのに。


「借り物競争で、紙に書かれたものが見つからない時みたい」


 何気無く呟いた私の話題に俊が乗ってきた。


「あー、借り物競争ってこりゃまた懐かしいな。でもサッカーボールとかカラーコーンとか、グラウンドの判り易い所に配置してくれてなかった?」

「俺が引いたのは日傘でしたよ。父兄席まで行って借りてこなきゃでした。知らない人と話すの苦手なのに……」


 才も軽口に参加した。全員頭を使い過ぎて疲れていた。これを現実逃避と呼ぶ。


「才くんが小さい頃はまだ父兄から借りられたんだね。私の子供の小学校では紛失の恐れ有りで、借り物は学校の備品だけだったよ」


 今は新型ウィルスのせいで行事が縮小され、久しくまともな運動会をやれていない。現在五年生の上の子は無事に修学旅行へ行けるのだろうか。


「道具はまだいいんだよ、大変なのは人」

「ああ、先生が借り物になることも有りましたね」

「うん。人は動くからね。さっきまで放送席に居たはずの先生が何処かへ行っちゃって、引いた子は捜すのが大変なんだよ」

「確かに。そういう時は聞いて回らなきゃいけないんですよね。あの先生見た? って」

「そうそう、目撃者は居ないかって」

「目撃者……」

「誰かは見ているからね、透明人間じゃないんだから」

「透明人間じゃない……」


 才が何やらブツブツ言っていた。


「久留須くんどうかしたのかい?」

「そうだ、聖良さんは透明人間じゃない。絶対に何処かで誰かに見られているはずなんだ」


 どうやら才は目撃者を急募しているようだ。


「そうだね。物的証拠が無くても、犯行を目撃した人が居れば一発逆転できるよね!」


 私は光明が見えた気がした。しかし直後に俊に突っ込まれた。


「水を差すようだけれど日比野さん、目撃者が居たらとっくに名乗り出ているんじゃないかな?」

「そうか、そうですよね……」


 私は季節を過ぎた花のようにしおれた。しかし隣に座る才が叫んだ。


「いいんですよ!」

「はいっ?」

「犯行自体を見てなくてもいいんです!!」


 至近距離で大声を出されたので鼓膜がキーンと傷んだ。気をつけなさいと注意しようとすると、才は突然両手で自分の頭をシャカシャカ掻き出した。


「!?」

「アハッ、ハハハ……」


 しかも何故か笑っていた。目が虚ろだし怖い。


「アハーッ、ハッハッハ! ハッハッハッハッハ」


 悪の親玉みたいな高笑いに移行した。どうしたよ。


「アハハハハハ……」


 ひとしきり笑って私と俊をドン引かせた才は、身体を反転させて私に向き直った。

 ひぃ。

 目がランランと怪しく輝いていた。これで涎を垂らしていたら、完全に薬物中毒者のそれである。


「さ、才くん(頭)大丈夫?」

「救急車呼ぼうか?」


 遠巻きに気遣う私達に、かつて才であった病んだ青年はニヤリとした。


「決戦の時は、いつにしますか?」

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