これで役者は揃った(四)

「酷い人達……」


 人の人生を何だと思っているんだ。私はいきどおった。俊も悔しそうだった。


「物的証拠さえ有ればね。伯母も飛行機会社の連中も牢屋にぶち込めたんだけれど。僕にできたのは事件を元にした詞を作って、せいぜい奴らを脅かすことぐらいだった」

「それで誕生したのが、マングローブは原生林ですか」

「ははっ、ふざけたタイトルだろう? テレビを使って全国に披露するまでは、伯母に活動を気づかれる訳にはいかなかったんだ」

「ああ、やっぱり。カモフラージュの為に、全然関係の無いマングローブを使ったんですね?」


 ゴッド☆俊の気が触れた訳では無かったのだ。


「そう。当時のARAGAMI工業はスポンサーとして、テレビ局を始めとする幾つかの団体と繋がりを持っていたんだ。だから飛行機事故に直結するタイトルを付けたら、伯母に見つかってテレビ出演を妨害される恐れが有った」

「わしゃわしゃと根を張るマングローブは、文字通り絶好の隠れ蓑になりましたね」

「ははっ、正にそうだね。テレビに出る前の小さなイベントでは、マングローブを全面に出した二番だけを演奏して凌いだんだよ」


 肝心なのは事故をモチーフにした一番の歌詞。これを有名音楽番組の生放送で披露することが俊の狙いだった。全国区に演奏映像が流れてしまったら、権力者であろうともみ消すことはできないだろう。その為のマングローブ。その為のゴッド。馬鹿げた雰囲気は、敵から身を守る為の強固な鎧なのだ。

 俊が歌詞だけではなくプロデュースも手掛けたのは、細かい指示を出せる立場が欲しかったから。二重三重にも予防線を張り巡らせ、ようやくマングローブの曲は世に出られたのだ。


「そんな経緯だったから、当事者以外で詞の本質に気づく人間が居るとは思わなかったよ。久留須くんだっけ? キミの頭は僕以上に素敵にイカレているね!」


 言われて才は照れたが、褒められてはいないと思うな。

 私はどんどん話を進めた。


「俊さんはマングローブの曲を発表した後、美奈子さんとは接触したんですか?」

「いいや。行き先を告げずにハワイへ引っ越した。ゴッド☆俊のペンネームで、詞を書いたのが僕だってすぐに解っただろうからね」


 では俊は曲を発表しただけで手を引いたのか? 過去の犯罪をそのまま歌詞にされて、美奈子も飛行機会社も相当に焦っただろうが、復讐としては生温い気がした。もっとやっちゃえば良かったのに。


「伊能の報告によると、伯母は僕の居場所をずっと探しているらしいよ」

「まさか、俊さんの命も狙うつもりでしょうか?」

「いや、僕と和解したいんじゃないかな? 両親の件で松山の家は警戒を強めている。伊能も居るし、もう伯母は強硬手段には出られないだろう。彼女は未だに僕を子供だと侮っているから、多めに小遣いを渡して黙らせようって腹だろうさ」


 俊は両手を肩の高さまで上げてヤレヤレのポーズを取った。流石は外国暮らし、動作が大げさだ。


「和解なんてごめんだね。死ぬまでずっと、行方の知れない脅迫者の陰に怯え続ければいいんだ」

「殺人を犯しておいて、遺族の悲しみと怒りをお金で黙らせようなんて」


 私は呆れた。お金で命は買えない。美奈子は何も解っていない。


「愚かだよね。人の心を持っていないから全てを金で解決しようとするのさ。だいたい、今では僕の方が断然金持ちだってのに」


 おおカッコイイ。一度は言ってみたい台詞だな。

 才が人差し指をピンと立てた。


「そういえば、ARAGAMI工業は事業規模をだいぶ縮小したんでしたね」

「そうなんだよ。そんなことまで調べていたのか。キミは本当に凄いね」


 俊が才に感心し、才は「いや~」とか言ってまた照れた。何かムカつく。


「伯父は社長に就任した途端に、父に好意的だった役員達を一斉に降格左遷したんだ。元々優秀だった人達だ、そんな扱いをされてまで会社にしがみ付く訳は無いよね。仕事ができる人材が次々と転職していって、残ったのは無能なイエスマンだけ。おまけに専務は勤務実態の無い伯母ときている。会社が傾くのも当然だろうさ」


 俊の両親を殺害して手に入れた地位は、座る資格の無い者にとっては砂上さじょう楼閣ろうかくだった。


「株主達は反発するだろうが、東証一部からの撤退は確実だね」


 俊は目線を上げて、遠くを見つめた。


「ARAGAMI工業はもう死に体だよ。曾祖父が小さな町工場として起こして、戦中戦後に大きくなった会社。歴史と従業員達の生活は守ってやりたかったけれど、ここらが潮時なんだろうね」


 証拠が無かったから、伯母の美奈子に碌な制裁ができなかったと俊は言った。でも本当は、会社と働く人達の為に復讐の手を緩めたのではないだろうか。彼を見ているとそんな気がした。


「それにしても友樹さんと健也さんが殺されて、慎也さんが容疑者扱いされてしまうなんて……」


 話が本筋に戻った。


「私達は慎也さんを助けたいのですが、推理に行き詰っているんです。俊さんのご協力を仰いで現状を打破したいのですが……」


 俊が真剣な眼差しを私と才に向けた。


「キミ達は、慎也さんが犯人ではないと信じてくれているんだね?」


 私はしっかり頷いた。


「まだ一度しかお会いしていませんが、同じバンドだった皆さんを大切に想われているように感じました」

「そう、そうなんだよ。キリング・ノヴァのメンバーは、仲間というより家族だった。慎也さんはコミカルな曲調もドラマの仕事も嫌がっていたけれど、自分が露出することでバンドの知名度が上がるならって、最終的にはどんな仕事も引き受けていた。そういう人なんだよ。あの慎也さんが二人を殺めるはずがないんだ!」


 俊は熱弁した。刑事に食って掛かった深沢海児と姿が重なった。キリング・ノヴァは良いバンドだったんだな。活動中に応援できなかったことが悔やまれた。


「伊能……さん達は、慎也さんに対して何か仰られていましたか?」

「いいや。彼らには従妹を通じて、友樹さんが住んでいたアパートを探してもらっただけ」

「イトコさん?」

「うん。松山の現当主。肝の座った女性だよ。伊能は彼女の手駒だから、彼女の許可を取らないと動かせないんだ」


 ますます時代劇の世界だ。


「友樹さんの死はネットニュースで知ったんだ。それで帰国しようとしたんだけれど、検査で新型ウィルスの陽性反応が出てしまってね。軽症だったけれどしばらく自宅待機しなければならなくなって」


 一度かかってたんかい。マスクせいや。


「そうこうしている間に次は健也さん……。僕が伯母にした復讐が飛び火して、災難がキリング・ノヴァに降り掛かったとしたら……僕は……」


 自責の念に囚われた俊を私は慰めた。


「それはまだ判りません。全く別の事情でお二人は狙われたのかもしれない。とにかく今は、できる限り多くの情報を集めましょう!」


 俊は口元を引き締めた。


「僕にできることは何でもしよう。伊能の力が必要なら従妹に頼むよ。まずは徹底的に、友樹さんと健也さんの交友関係を探ればいいのかな?」

「そうですね、お二人とトラブルの有った人物は居なかったか、基本に立ち返ってそこから調べるべきですね」


 私と才の素人探偵団でやれることはたかが知れていた。しかしここで、警護もできる便利な調査チーム伊能が登場。彼らの呼称の伊能は、異能集団から来ているのではないだろうか。

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