これで役者は揃った(三)
才が前のめりになって俊を問い質す。
「あなたは遊覧飛行の事故で亡くなった、荒神夫妻の息子さんなんですか?」
「……そうだよ。当時は十七歳だった。あの事件の後に姓を母方の松山に変えて、荒神一族とは縁を切ったけれどね」
「あの飛行機事故は……、いえ事故ではなく、本当は美奈子さんが何かしたんですか?」
俊はアイスコーヒーを一口含んで、目を閉じた。数十秒掛けて彼は思考を整理した。
目を開き、落ち着きを取り戻した俊は述べた。
「僕の亡くなった父には、征一という兄が居るんだ」
征一……。何処かで耳にした名前だな。いや目にしたんだっけ?
「荒神征一なら、ARAGAMI工業の現取締役ですね」
そうだ、才が見せてくれた資料の中に有った名前で、美奈子の夫だ。
「うん。征一伯父さんは真面目だけれど決断力に欠けていてね、祖父は自分の後継者に父を指名したんだよ」
「兄ではなく、弟を後継者に……」
「会社の為には必要な措置だった。それでも、伯父の心中は穏やかではなかっただろうね」
征一は長男として、親の後を継ぐべく教育を受けて努力もしてきたのだろう。しかし成人した彼に望む席は用意されなかったのだ。
「それを逆恨みして、弟の陽司さんを殺害しようと?」
俊は頭を横に振った。
「伯父には殺人なんてできやしないよ。とても気の弱い人だったから。でも伯父と結婚した女性は違ったんだ」
「それが美奈子さん……?」
「うん。伯母は事あるごとに伯父を焚き付けていたよ。長男であるあなたが社長になるべきだ、こんなのはおかしいって。僕の父にも身を引いて社長を譲れと、直談判しに来ることが有ったそうだよ」
「欲の深い女性なんですね」
「気の弱い征一さんが、よくそんな強烈な人を伴侶に迎えましたね。俺なら速攻離婚してます」
「自分とは違う所に惹かれたのかもね。そんなこんなで、伯父夫婦と僕の両親はずっと仲が悪かった。それが突然、伯母の方から歩み寄ってきたんだよ。仲直りがしたいって」
「どういった心境の変化でしょう?」
ふっ、と俊は乾いた笑いを見せた。
「変わってなんかいないよ。伯母は最初から最後まで悪女なんだ。こちらを油断させる為に仲直りなんて言い出したのさ!」
俊の語調が荒くなった。が、
「失礼」
彼はすぐに謝罪し、コーヒーを飲んで気を静めた。立派なものだ。俊もまた、経営者としての資質を持った人物のようだ。
「伯母は僕の両親の結婚記念日に合わせて、東京湾の遊覧飛行を予約したんだ。いつも忙しくしているあなた達へ私からプレゼント、たまには夫婦水入らずで楽しんできてねって」
歌詞に有った仲直りの遊覧飛行とは、美奈子が荒神夫妻に仕掛けた死の罠だったのか。
「いがみ合っていた叔母からのプレゼントを、両親は当然怪しんでいたよ。何か裏が有るんじゃないかって。それでもまさか、殺されるとまでは想像していなかったんだ。せっかく用意してくれたのだからと、結局は二人で飛行機に乗り込んでしまった。そして結果は新聞の通りさ。両親の乗った小型艇は墜落して、操縦士を含めた全員が死亡した」
「……………………」
重苦しい空気がカラオケルームを支配した。ここでやめておきたいという気持ちが有る。だけど私は進むことにした。もう私だって事件の関係者なんだ。知り合った海児や慎也を殺されたくない。
私は俊に尋ねた。
「美奈子さんが事故を引き起こしたという、決定的な証拠は出たのでしょうか?」
遊覧飛行をプレゼントしただけでは罪には問われない。美奈子の性格の悪さは揺るがなくても、飛行機が墜ちたのは偶然かもしれないのだ。
俊の表情が陰った。
「いいや。伊能に調べさせたけれど、証拠らしい証拠は出なかったんだ。警察も介入したけれど、機体の整備不良ということで片づけられてしまった」
「そうですか……」
「でもね、伯母の口座から遊覧飛行を運営していた会社に、多額の金が振り込まれていたことが判ったんだ。伯母を問い詰めたところ、操縦士の遺族と機体を失った会社への見舞金だって言ったよ」
「え、機体の整備不良が原因だったんでしょう? 被害に遭った側が、加害者側の会社を気遣ったんですか?」
「逆に飛行機会社から慰謝料を貰える立場では?」
私と才は連続して率直な意見を述べた。
「だろう? 金の流れがおかしいよね。伊能の調査によると、飛行機会社は事故の前から経営が圧迫していたそうなんだ。不渡りを出す寸前だったそうで」
「事故の前から……?」
「そこがポイントさ。そして事故の後、会社は叔母からの見舞金と機体に掛けていた保険金で、借入を返済してから廃業したんだよ」
「えっ、倒産寸前だった会社が、借金を返してから廃業したんですか?」
「ああ。何か有るって思うだろう?」
美奈子が手配した飛行機が偶然墜ちた。飛行機を管理していた会社は、偶然資金繰りに困っていた。飛行機が墜ちたおかげで会社は見舞金と保険金を手に入れて、偶然ノーダメージで廃業できた。
偶然が多過ぎる。三つ以上の偶然が重なればそれは必然である。美奈子と飛行機会社の間には、確実に何かが有ったのだろう。これで何も無かった方がビックリだ。
「操縦士の人も、巻き込まれてしまったんですね……」
義弟夫妻が邪魔だった美奈子。負債を片づけたかった飛行機会社。思惑が一致した両者は飛行機に細工して口裏を合わせた。そして三名もの尊い命が失われたのだ。
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