これで役者は揃った(二)
「才くん、あのねぇ……」
「ちょっといいですか?」
才とは違う男性の声が私を止めた。
「そこ、通りたいのですが」
私と才が占領していたアパートの入り口へ、大きな花束を持った男性が接近してきた。年の頃は私と同じか、少し上の中年男性だ。マスクを付けていない顔は血色が良くて餅肌で、頬がやや下膨れしていた。
「あ、はい、どうぞ」
私と才はすぐに横へ退き道を譲った。才が小声で呟いた。
「デジャヴ」
「うん。聖良さんと美波さんの時と同じだね」
花束を持った男性は、共有通路の一番端の部屋まで進んだ。そして玄関ドアの前に花束を捧げて、しゃがんで
行動から察するに、木嶋友樹の知人が献花に訪れたように見える。しかしここで残念なお知らせです。そこは木嶋友樹の部屋じゃないです。そこの一つ手前が彼の部屋でした。
「あの人、部屋を間違えているよ。教えてあげた方がいいよね?」
才に囁くと、才は男性を凝視していた。
「どうしたの?」
才のくせにずいぶんと怖い顔をしている。
「……ああ、これで確定した」
才は謎の言葉を発して、男性に近付いていった。そして初対面の相手に対して、才らしからぬ堂々とした声で聞いた。
「あなたは、木嶋友樹さんのご友人ですか?」
知らない相手からいきなり質問されて、男性は当然戸惑った。
「……昔、仕事を一緒にした仲間でした。あなたも友樹さんをご存知なのですか?」
男性は丁寧に対応してくれた。彼が着ているスーツは上品なデザインで高そうな布地を使っていた。死者に手向ける花束も、聖良や美波が用意した物の数段上の豪華さだった。
お金持ちの紳士。男性から受ける印象はそれだった。
「俺は木嶋さんの遺体の発見者です。そちらに居る女性も」
「えっ!?」
紳士は驚いて立ち上がった。才と私の顔を交互に見比べてから、泣きそうに顔を歪めた。
「……友樹さんは、苦しまずに逝けたのでしょうか?」
まず故人の気遣いをする、紳士は善良な人間に思えた。
「いいえ、残念ながら」
才から無慈悲な宣告を受けて、紳士は両手で顔を覆った。
「何てことだ。どうして友樹さんが……。健也さんまで!」
彼は木嶋友樹だけではなく、坂上健也の名前まで口にした。ということは、紳士は音楽関係者なのだろうか?
「坂上健也さんともお知り合いだったんですか?」
「は、はい。彼とも仕事で……。お二人とも良いバンドマンでした。それが……ううっ」
ついに泣き出した紳士はキリング・ノヴァを知っているようだ。メンバー最年少の深沢海児よりも若く見える彼は誰なのだろう?
その時私は思い出した。坊や。慎也と海児がそう称した人物が居たことを。
「すみません、私は日比野カナエと申します。失礼ですがあなたのお名前を教えて頂けませんか?」
自分の興味を優先して、嗚咽を漏らす相手へ感傷に浸る暇を与えないなんて。才のことを批判できなくなってきたぞ。
だけれど聞かなくてはならない。紳士の正体を明らかにしなければならない。この時の私は妙な使命感に取り憑かれていた。
「僕は……」
男性は落ちる涙をそのままに答えた。
「松山です。
「!!」
私と才は顔を見合わせた。互いが同時に発した言葉がハーモニーとなった。
「ゴッド☆俊……」
☆☆☆
三度、駅前のカラオケ店に私と才は入店した。今回はある意味伝説の作詞家である、ゴッド☆俊こと松山俊も一緒だ。私達は改めて自己紹介をし合い、ソファーの好きな位置に腰かけた。
俊は興奮した表情で通された部屋を見回していた。
「どうかしましたか?」
「失礼。僕が日本に居た頃はカラオケボックスが出始めた頃で、こんなに綺麗な部屋じゃなかったんです。料金もだいぶ安くなったんですね。それに食事まで。驚きました」
俊はメニュー表を物珍しそうに手に取った。
「俊さんは海外に行ってらしたんですか?」
「はい。国籍は日本ですが、生活拠点をハワイに移しています。昨日、旧友に花を手向ける為に一時帰国しました」
ウイルスが猛威を振るう中でノーマスクなのはそのせいか。海外ではマスク装着率がだいぶ減ったらしいから。
それにしても俊、丁寧だが固い喋り方だ。
「あの、どうぞ私達には楽な話し方で。俊さんの方が年上なんですから」
「そうかい? では遠慮無く」
俊にはいろいろ聞きたいことが有る。リラックスして、少しでも私達に気を許してもらわないとね。だんだん私はずる賢くなっていく。
「ハワイに移住されたのは、マングローブの楽曲を発表したすぐ後ですか?」
「ああ、そうだよ。キミ達は僕の事情に詳しいようだね。どうして知っているの?」
俊が不思議がるのは無理もなかった。久し振りの母国で見知らぬ若造と主婦に呼び止められ、過去に使っていたゴッド☆俊というクソ恥ずかしいペンネームを言い当てられたのだ。
「話せば長くなりますが聞いて下さい。俊さんにも大きく関係していることなんです」
こう前置きをしてから、才は俊に一連の事件について話して聞かせた。俊は青くなったり赤くなったり何度も顔色を変えながらも、途中で口を挟まず最後まで才の説明を聞いた。
「……これが、現在判っていることの全てです」
長話をほとんど嚙まずに最後まで見事にやり遂げた才。これを就職面接で発揮できれば。
「そんなことになっていたなんて……」
顔色を変えまくった俊は、最終的に黄色に落ち着いた。信号機みたいな人だ。黄疸気味ですか?
「
「伊能?」
新しい単語が登場して、私の頭にハテナマークが浮かんだ。
「ああごめん、伊能はね、母の実家である松山家に代々仕えてくれる人達の総称なんだ。依頼すれば警護をしたり、調べ物をしてくれたりする。友樹さんが住んでいたアパートも、伊能に教えてもらったんだよ」
まるで時代劇で観た御庭番みたいだな。流石はお金持ち。
「どうして俊さんは、キリング・ノヴァのメンバーの前から姿を消したんですか?」
「僕がずっと傍にいたら、彼らが伯母さんに目を付けられると思ったんだ」
「伯母さん……?」
「荒神美奈子。ヴィーナスだよ」
「!」
はっきりと、俊の口から彼女の名前が出てきた。
「では、才くんが推理した通り、マングローブの歌詞は美奈子さんに向けて書かれたものだったんですか?」
「うん」
鳥肌が立った。今までもそうだろうと思ってはいたが、本人に肯定されて仮説が現実となったのだ。
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