サイカナ探偵団は勝負に出る(三)

「アリバイの点だけを見るなら俺だって怪しいんです。なのにどうして慎也さんが刑事にマークされるのか。その理由が判りますか? 慎也さん」


 才は大胆にも当人を指した。慎也は苦々しく口を開いた。


「……俺によく似た男が、健也の家の最寄り駅で監視カメラに写っていた。それと、俺のスマホの電波が健也の家から出ていたからだ。ああ、おまけに俺が履いている靴と同じ靴跡が、健也の家に残っていたそうだな」

「改めて言葉にしてみると刑事が怪しむのも当然ですよね。スリーアウトだ」

「だがキミは、俺ではなく娘が犯人だと言う」

「はい。だって聖良さんなら、簡単にその状況を作り出せますので」


 聖良が般若の形相で才を睨んだ。構わず才は続けた。


「ロッカーとしての慎也さんの服装は実に特徴的です。特徴的ということはつまり、真似をし易いってことなんです。例えば、赤い髪のカツラを被って皮ジャケットを着れば、俺だって後ろ姿だけなら慎也さんになれます」


 あっ、才のこの発言は……。打ち合わせした例のアレね!


「そっか、至近距離で確認しなければ、本人か変装した誰かなのか見分けがつかないってことなのね」


 あたかも初めて聞いたような感心した素振りで、私は才の意見を後押しした。


「じゃあ慎也さんが、坂上健也さんの家にいた件はどうなの?」


 そして打ち合わせの台本通りに、私は才に説明を促した。


「結論から言います。慎也さんは坂上さんの家に行っていません」

「ええっ!?」


 そのことは事前に才から聞かされていたけれど、私は驚いた振りをした。わざとらしくはなかったと思う。高校時代に演劇部で活動していた賜物たまものである。


「でも、スマホの位置表示が記録に残っていたって……」

「ええ。電話会社が電波を追跡した結果ですから、スマホは間違い無く慎也さんの物です。7時台から9時台に、スマホは坂上さんの家に有ったのでしょう」


 次は俊の番だ。


「慎也さんは行っていないのに、彼のスマホはそこに有ったと言うのかい?」


 俊も私同様に才が書いた台本に従って喋っている。しかし演劇経験の無い俊は棒演技だ。だから彼への台詞配分は少ない。


「そうです。でもスマホが一人で歩いて行く訳が無い。つまり、スマホを坂上さんの家に運び込んだ誰かが居るんです」


 ゴクリと、誰かが唾を吞んだ音が聞こえた。


「普通に考えたら慎也さんなんです。でも本人は寝込んで家に居たと仰る。じゃあ誰がスマホを動かしたのか」

「……慎也さん意外とズボラだから、道端か何処かでうっかりスマホ落として、それを拾った第三者がたまたま殺人鬼だったとかは?」


 海児が限りなく低い可能性の仮説を立てた。自分がよく知る聖良が犯人だと思いたくないのだ。

 才は事務的に対応した。


「それは有り得ません。坂上さんの事件の後に海児さんのマンションにみんなで集まった時、慎也さんはちゃんとスマホを持っていました。彼のスマホは一度誰かに外へ持ち出され、そして再び彼の元へ戻されたんです。身内ではない第三者には不可能です」


 才の狙い通りの流れになっている。でも怖い。緊張し過ぎて気持ちが悪くなってきたよ。


「言い方を変えます。慎也さん以外に、彼のスマホを移動できたのは誰でしょう?」


 全員が思わず聖良に視線を向けてしまった。みんなは気まずさですぐに目線を泳がせたが、才だけは聖良を見据えていた。


「それができたのは、前日に慎也さんのアパートを訪れた聖良さんだけです。そして慎也さんに腹痛を起こさせることができたのも」

「え!」

「それも!?」


 深沢親子が驚愕して声を漏らした。


「待てよ久留須くん。聖良ちゃんが慎也さんに毒でも盛ったと言いたいのか? 親子だぞ!?」

「はい。だって事件の日に腹痛なんて、偶然にしては都合が良過ぎませんか?」


 才は淡々と述べた。みんなとの温度差が凄い。


「坂上健也さんを殺した人物は、慎也さんを犯人に仕立て上げたかったんです。だから慎也さんの携帯を坂上さんの家に運んだし、慎也さんに見える変装をして坂上さんの家まで行った。帰りは着替えてから電車に乗ったんでしょうが」

「着替えてから?」

「行きと違って帰りは上りになります。朝のラッシュ時だったから電車は相当混んでいたはずです。犯人が聖良さんだった場合ですが、至近距離で見られて身体の接触も有れば、男装していても女性だとバレるでしょう。乗客の記憶に残って警察に証言されますよ、事件が起きた時間帯、電車に派手な女が乗っていたって」


 聖良の目がどんどん吊り上がっていく。


「スケープゴートになるはずの慎也さんが自由に歩き回って、何処かでアリバイを作ってしまっては全てが台無しです。だから犯人は、慎也さんに寝込んでもらう必要が有ったんです」

「それで、腹痛……?」

「市販の下剤を飲み物にでも混ぜたんでしょう。調べたら無味無臭の下剤も有るんですね。帰る前に水分補給してねと言って、今度は睡眠薬入りの飲み物も渡していたのかもしれない。慎也さんは事件当日、昼過ぎまで寝ていたんでしたね?」


 慎也が落ち着き無く手先を動かし始めた。


「慎也さん、久留須くんが言ったことに心当たりが有るのか……?」


 海児の問い掛けに慎也は無言で下を向いた。それは肯定に他ならなかった。美波が口に手を当てて、海児が聖良に疑惑の目を向けた。聖良は憮然とした表情でそれを退けた。


「おそらく聖良さんは、坂上さんに電話をして約束を取り付けた時に、自分だけは早く行くと伝えていたのでしょう。後から来る三人の為に、一緒に料理を作ってもてなしの準備をしよう、坂上さんにそんな感じで提案していたんじゃないですか?」


 聖良ではなく美波が反応した。


「あの食材は……」


 美波の瞳が潤んだ。坂上健也が倒れていた傍の調理台、そこには処理中の食材が放置されていた。きっと健也の最期を想像してしまったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る