キリング・ノヴァの慎也と海児(四)

「マングローブの曲は大ヒットしたでしょう?」

「180万枚セールスだぜ!」


 海児がガッツポーズして誇らしげに宣言した。対照的に慎也は暗い表情でうつむいた。


「そんなにも多くの人が聴いて、口ずさんだ曲だもの。一人くらいは、才くんと同じ結論に辿り着いた人が居てもおかしくないよ」


 私以外の全員が、息を吞んだと思う。


「その誰かが匿名で、荒神美奈子さんを煽ったか何かしたんじゃないかな? 美奈子さんは正体不明の誰かを、キリング・ノヴァのメンバーだと勘違いしてしまった。その可能性は無い?」

「あ……」

「それ、有るかも……」


 聖良と美波が同意したが、慎也が疑問を呈した。


「だとしたらどうして今更事件が起きたんだ。マングローブがヒットしたのは1990年だぞ?」


 私は考えながら、できるだけ丁寧に答えた。


「その時代は、まだパソコンや携帯電話が一般的に普及していませんでした。比較して今は、インターネットでお手軽に調べものができます。飛行機事故の記事が載った新聞も、才くんがネットで拾ってきたんです」


 昔は古新聞を読むには、図書館まで行かなければならなかった。


「ネット上では全てがお手軽です。調べものも、自分をアピールするのも、誰かを攻撃するのも」

「そうか、そういうことか!」


 才が人差し指を立てた。どうやら理解してくれたようだ。後の説明は才に任せていいかな?


「ネット好きの何処かの誰かが、たまたまマングローブの歌詞に興味を持って、俺のように調べて真実を知ってしまった。カナエさんはそう言いたいんですね?」

「うん」

「その誰か……仮にAとしましょうか、Aは見つけた真実に有頂天になってしまった。それで深く考えずに、軽い気持ちで荒神美奈子にちょっかいを出してしまった。例えば会社が運営しているサイトの、ご意見欄に書き込むとかして」

「うん。匿名だからと安心して、大胆な行動を取ってしまう人間はチラホラ居るから」


 学校や役所に爆破宣言をしたり、有名人に殺害予告をして逮捕される人間は後を絶たない。彼らは皆一様に言う。遊びだった、こんな大事になるとは思わなかったと。

 才が先を推理した。


「会社の大半の人間は、Aのコメントをただの悪戯いたずらだと判断して捨て置いたでしょう。ですが事実を知る者は肝を冷やしたはずです」

「事実を知る者……、荒神美奈子か」

「でもバアさんは、どうしてAを特定しなかったんだ。特定していたら、友樹さんや健也さんが巻き込まれることは無かったのに」

「できなかったんですよ、たぶん」


 才は饒舌だ。私は完全に聞き手側に回った。


「警察に通報さえすれば、プロバイダーの管理人に利用者の情報開示を要求できますから、アカウントからAを簡単に追えたでしょうね。でも捜査のプロに任せたら、自分の過去の犯罪まで明るみにされてしまうんじゃないかと、きっと美奈子は恐れたんです」

「なるほど」

「それと勝手な憶測ですが、高齢の美奈子はIT関連の知識に疎いんじゃないでしょうか?」

「つまり?」

「その気になれば誰でもネットで過去を探れることを、美奈子は知らないんです。自分宛てに誹謗中傷コメントが届いた時、彼女は差出人を赤の他人の第三者だと思わずに、単純に、マングローブの曲の関係者だと思い込んでしまったんです」

「何だよそれ!!」


 海児がテーブルを拳で叩いた。ぴゃっ、と情けない小さな悲鳴を発した才は、横に座る私へピタリと身を寄せた。私のゼイ肉はアンタを守る盾ではない。


「思い込みって……、思い込みなんかで友樹さんと健也さんは殺されちまったのかよ!?」


 叩き付けた海児の拳はブルブルと震え、瞳は赤く充血していた。


「あ、あの、断定ではなく可能性の一つとして……」


 怒りで震える海児に怯えて震える才。好きな子の前だぞ才。しゃんとしなさい。


「善い人達だった。善い人達だったんだよ! それが阿保な第三者Aが余計なことをしたせいで、とばっちりを喰って二人共殺されちまったってのかよ!?」

「落ち着け、海児」

「慎也さんは悔しくねぇのか!?」

「悔しいに決まっている。だが今は抑えろ。美奈子の目的が関係者の口封じなら、俺とおまえもいずれ殺される」

「!」


 全員の口封じ。殺人鬼がゴッドでも美奈子でも、その残酷な結論は変わらなかった。


「俺達も……?」

「そうだよお父さん! やっぱりあれは酔っ払いなんかじゃない。お父さんはきっと、美奈子の手下に背中を押されたんだよ!」


 美波が涙目で海児にすがり付いた。妻の和美は顔色を失っていた。


「運良く助かっただけで、俺も殺されるところだったのか?」

「そうだよ、だから気をつけてって毎日言ってるじゃない! お父さんは誰よりも先に狙われたんだよ!?」


 娘の言葉を受けた海児は、怒りから恐れに感情を切り替えた。


「てことはバアさん、俺を真っ先に殺そうとしたのか……?」

「おまえは歌詞に向き合うボーカルだ。歌詞の真実に気づく可能性が一番高いと、美奈子に思われたのかもしれない」

「でも、それだったら……」


 聖良が慎也に静かに尋ねた。大したものだ、こんな時でも彼女はその場の感情で先走らない。


「一番最初に狙われるのは、歌詞を書いたゴッド☆俊のはずでは?」

「それはそうだが、俊が何処に居るのか美奈子は掴めないんだろう。一緒に活動した俺達にすら、俊は何も告げずに去ったんだから」

「活動中はいろいろなやり取りをしたんでしょう? 電話番号は?」

「電話番号も住所も、マングローブの後に俊は変えたんだ。印税の権利もたった二ヶ月で放棄して、キリング・ノヴァに譲渡された」

「そうだったの!?」

「ああ。リーダーの友樹さんが管理していた。歌詞に合わせて曲を作ったのもあの人だったからな。それなのに友樹さんは、キッチリ利益を四等分して俺達に分配してくれていたんだ。だからウチでもしばらくは、裕福な暮らしができていただろう?」

「そう……だったの。友樹さんが……」

「今ではCD販売はもちろん、カラオケで歌ってくれる人も滅多に居なくて、マングローブに関する収入と呼べるものは無いけれどな」

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