キリング・ノヴァの慎也と海児(五)

 家計を預かる主婦の私は、興味有るお金の話題につい口を挟んでしまった。


「二ヶ月で印税権利を譲渡ですか。マングローブの曲は一年間近くも話題になっていましたから、ゴッドは巨額な富を放棄したことになりますね」


 もったいない。二ヶ月でも相当儲けられただろうが、もっと欲しくならなかったのか。


「カナエさん、ゴッドが亡くなった荒神夫妻の息子なら、彼は両親の遺産を相続しているはずです。大企業の社長なら、高額な生命保険を掛けていたでしょうし」


 私のゼイ肉の陰から才が久し振りに発言した。


「そっか。会社の経営権を美奈子さんに奪われたとしても、お金はちゃんとゴッドに入ったのね。だからマングローブの売り上げには執着しなかったんだ」


 両親を亡くした子供が路頭に迷うことにならなくて良かった。

 ここで聖良が待ったを掛けた。


「テレビのニュースでマングローブの曲がガンガン流れているけれど、使用料を払う窓口の友樹さんが居なくなった今は、誰がお金の管理をしているの? お父さん達、ちゃんとお金貰ってる?」

「さぁ、どうだろうな……。口座確認してないから判らん」

「今は音楽協会がとりあえず管理してるんじゃね?」

「お父さんも海児おじさんも、もっとしっかりしなくちゃ駄目じゃない! そんなんじゃ、音楽協会に全部持っていかれちゃうよ!?」

「聖良、金のことよりも今は二人の死を悼もう」

「もう!」


 冷静なはずの聖良が声を荒げた。


「だからこそでしょ! マングローブの曲は友樹さんと健也さんのわば遺品なんだからね!? 残った二人が守らなきゃ駄目じゃない!!」

「あ……」


 慎也と海児は顔を見合わせて、もっともだと言う顔をした。


「そうだな、このままにはしておけないな」

「知り合いのバンドの事務所に、音楽業界に詳しい弁護士を紹介してもらうよ」


 元メンバー二名がマングローブの保存に前向きになったので、聖良はホッとしたようだ。

 ↑ここだけ読むと、何処の環境団体の活動だよとツッコミたくなるよね。


「それで俺達は、身を守る為にこれからどうしたらいいんだ……?」


 海児が不安を吐露した。木嶋友樹に次いで坂上健也も殺害されたのだ。関係者全員が口封じされる説は、もはや妄想として片づけられなくなっていた。


「それは……」


 慎也が口を開いたのと同時に、ドアホンが再び鳴った。


「ま、まだ誰か来るんですか?」


 私の陰から才が玄関を窺った。いい加減に離れろや、骨が当たって痛いんじゃ。


「いえ、今日集まるのはここに居る人達だけですよ?」

「誰かしら?」


 海児の妻がインターホンに向かった。


「……はい、そうです、深沢です。えっ、警察!?」


 警察という単語を聞いて、リビングの全員が身構えた。


「あなた、刑事さんがお話ししたいって……」

「俺と? 知ってることは全部話したのに」

「入ってもらえ、海児。今日話し合ったことを警察に伝えて保護してもらおう」

「そうだな!」


 立ち上がった海児は玄関に居る妻の隣に並んで、刑事の来訪に備えた。


「保護って、具体的に何をしてもらえるんでしょう?」


 美波が私に小声で聞いた。答えたのは私の肉に寄生する才だった。


「自宅近辺のパトロール強化とかですかね」

「そんなんでお父さん達を守れるの?」

「警官がちょくちょく立ち寄っている姿を見せれば、犯人への大きな牽制になりますよ。美奈子は迂闊うかつに手を出せなくなるでしょう」

「そうか、そうよね!」


 美波から久し振りの笑顔を向けられて、私にくっ付いたままの才は照れてモジモジ動いた。やめれ。脇腹が痛くてくすぐったい。

 警察官は私達にとっての救世主。きっとこの膠着こうちゃくした現状を打破してくれる。大きな期待を抱いて、私達は彼らを出迎えた。


「どうも、お邪魔しますね」


 四人の警察官がぞろぞろとリビングに入ってきた。ソファーから腰を浮かしかけた私達を、警察官の一人が手で制した。


「そのままで、結構ですよ」


 この人は木嶋友樹の事件を担当している佐野刑事だ。アパートで絞殺死体を発見した時に事情聴取された。階級までは判らない。


「皆さんお揃いでしたか。少しお時間頂きますね」


 続いたのが堂島刑事。こちらは坂上健也の事件を担当している。所轄は違うが、警視庁という括りの中では佐野刑事の同僚。合同捜査をしているのだろう。残り二人の警官は彼らの部下だ。


「ちょうど良かった。こちらもお願いしたいことが有ったので」


 発言した慎也の顔を、両刑事がまじまじと見つめた。


「渚慎也さん……ですよね? 先週お会いした時とはずいぶん印象が違いますが」

「ああ。今日はミュージシャンの慎也として旧友に会いに来たので」


 慎也の赤髪と皮ジャケットは普段使いではなかった。ですよね、そのお姿のまま病院になんて行った日にゃ、老人達に目を剝かれ、幼児にはナマハゲだと勘違いされて泣かれてしまう。


「本当、ちょうど良かったですよ」


 堂島刑事が意味有り気に笑った。


「本日は渚さんに用が有ったのです。連絡が付かなかったしご自宅にもいらっしゃらなかったので、深沢さんのお宅に先にお邪魔しましたが」

「え、俺に? 電話してくれたら良かったのに」

「お父さん、見つけたスマホの電源、入れた?」

「あ」


 聖良に指摘された慎也は決まりの悪そうな顔をした。


「忘れてた。すみませんね、刑事さん」


 慎也は携帯電話の管理に無頓着のようだ。昔は携帯電話を使わずに生活していたからなぁ。私より上の世代には携帯電話否定派がチラホラ居る。私自身も二十代後半で初めて契約したクチだ。使ってみたら便利過ぎて、もう携帯電話の無い生活は考えられないが。

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