第二の殺人

連続殺人と死神青年(一)

 3月14日の月曜日。

 世間がホワイトデーで浮かれているこの日、私は才に呼び出されて指定されたコーヒーショップに向かっていた。月曜日が私の休日だと、奴に知られてしまったことは大失敗だ。

 断りたかったが昨日メールでどうしてもと懇願された。大方、美波にしつこくしてフラれて、慰めてほしいとでも言うのだろう。

 現在8時52分。待ち合わせの8分前に店の前に到着した。才にメールを送ると既に店内に居ると返信された。流石は待ち伏せ男、行動が早い。


「日比野カナエさん、ですか?」


 背後から声を掛けられたので振り向くと、そこには私同様に携帯電話を片手に持った聖良が居た。マスク姿でもスタイルの良い彼女はすぐに誰だか判る。


「そうです、日比野です。こんにちは」


 逆に特徴の無い私は、いちいち自分が誰か名乗らなければならない。後ろ姿だけで私だと認識されたのは珍しいことだ。

 それにしても、また聖良に会うとは思わなかったな。この辺りが彼女の生活圏内なのだろうか?


「お店に入らないんですか? もう美波ちゃんも才さんも揃っているそうですよ」


 美波も? あれ? ということは偶然会った訳ではなくて聖良も呼び出されたのかな? あの迷惑男は何がしたいんだろう?

 聖良と一緒に店の入り口をくぐると、コーヒー豆の良い香りが私の鼻をくすぐった。店の奥に才、そして美波が同じテーブルに着いていた。才は美波にフラれずに済んだのかな?

 聖良はマキアート、私は注文したココアを持って、二人が待つテーブルへ向かった。


「お待たせ」

「遅いよ聖良お姉ちゃん!」


 待ち合わせ時間には遅れていないはずなのに、美波が聖良に噛み付いた。


「だいたい私、お姉さんと一緒に来たかったのに」


 よっぽど才と二人きりが嫌だったんだな。解るよ。


「ごめんなさい、今朝は書類作ってて時間が無かったの」

「あ、カナエさんお久し振りです!」


 美波は私には愛想良く挨拶してくれた。着席した聖良も続く。


「今日は、お呼び立てしてすみません」


 おや?


「私を呼んだのは才くんじゃなかったの?」


 先程から疑問詞が脳に浮かびまくりの私に、美波がペコリと頭を下げた。


「私が才さんにお願いしたんです。ぜひカナエさんにも同行してもらいたいって」


 同行? 同席ではなくて?


「そもそも今日は、何の集まりなのかしら?」


 事件について話すのならあのカラオケ店が適している。穏やかな時間を過ごしたい客の集まるコーヒーショップに、どうして私は呼び出されたのだろう?


「これからみんなで、キリング・ノヴァの元ドラマー、坂上健也さんの家に行くんです」


 才があっさりと言った。


「はい?」


 メールではそんなこと、一字も書いていなかったじゃないか。騙し討ちかよこの野郎。

 抗議しようとする私を美波が止めた。


「ごめんなさい。才さんから、友樹おじさんはゴッド☆俊に殺されたかもしれないって聞いて、私怖くなったんです。次はお父さん達の番じゃないかって」


 美波の潤んだ瞳を見た私は、心の中で才に振り上げた拳を一旦下した。

 美波の父の深沢海児は、誰かに階段から突き落とされていたんだった。それも、木嶋友樹が殺される前に。


「あの……、失礼を承知で聞くけれど、お父さんとゴッドの間にはトラブルが有ったのかしら?」


 私は遠回しに聞いたのだが、


「カナエさんはお父さんが、ゴッドを脅迫していたかどうかを知りたいんですよね?」


 美波にそのものズバリを指摘された。私は気まずくて苦笑した。


「脅迫は有り得ません。私のお父さんは、歌詞に秘められた意味すら知らなかったそうですから」

「私の父もそうね」


 美波と聖良は才から荒神一族について聞いて、その内容をそれぞれの親に報告済みのようだ。


「だったら二人の親御さんは、ゴッドに狙われることは無いんじゃない?」


 私は楽観的な意見を述べたが、


「甘いですねカナエさん」


 才が余計な合の手を入れて来やがった。美波の肩が僅かに震えた。女の子を怖がらせちゃ駄目だと忠告したのに。


「ゴッドは勝手に思い込んでいるかもしれません。キリング・ノヴァのメンバーは全員、情報を共有しているに違いないと。もしかしたら木嶋さんが身を守る為に交渉中、ゴッドにハッタリをかましていたのかも。他のメンバーも事実を知ってるから、俺をどうこうしたところで意味は無いからなって」

「あ……」


 その可能性は有るかもしれない。美波の肩の震えが大きくなった。


「ですから、私達はキリング・ノヴァの元メンバーに注意喚起をしたいのです。ゴッド☆俊が接触してきても心を許さないように」


 聖良が冷静に本題を切り出した。


「親には私達が直接詳しく話しましたが、ドラマーの健也さんには身辺に気をつけてと、電話で簡単な忠告しかできていません。あまり真剣に捉えていない様子でした。それで今日会いに行って、才さんから健也さんにことの重大性をキチンと説明してもらおうと」


 そういうことか。


「なるほどね。でもどうして私まで? 説明なら才くんだけでいいでしょうに。歌詞の裏の真相もゴッドの正体も、彼が一人で発見したんだし」


 私の言葉を受けた才が胸を張ったが、美波が私の手を握って強く否定した。


「いいえ、才さんにはカナエさんが居ないと駄目なんです。カナエさんが居るからこそ、才さんは高い推理力を安定して発揮できるんです!」


 何を言っているのかサッパリです。が、聖良もコクコク頷いて美波の後押しをした。


「そうね、美波ちゃんの言う通り。カナエさんは才さんの安定剤みたいな存在よね」


 安定剤……。ああ、私は察した。

 才は私の時のように、彼女達に憑依状態で事件の説明をしたのだろう。その様子が二人から見て、とてもとても恐ろしかったと。表現をソフトにしただけじゃ足りなかったか。

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