連続殺人と死神青年(二)

「俺だけでも大丈夫だと思うんですけどね」


 言って、才はおもむろに聖良の方へ手を伸ばした。


「ヒッ!?」


 気丈なはずの聖良が、身をよじって才を避けた。


「ゴミが付いてました」


 才は糸くずをみんなに見せた。


「そ、そう、ありがとう……」


 私は驚いていた。人見知りの激しい才が、女性の身体にソフトタッチできるようになっているなんて。話し方も途中でつっかえず流暢だ。この短期間で彼にいったい何が……?

 あ! もしかして、私が前回褒めてしまったことが原因!?

 カラオケ店で去り間際、私にプレゼンテーション能力を褒められた才は上機嫌だった。もしもそのせいで彼が余計な自信を付けてしまい、更にウザイ怪物に成長してしまったのだとしたら。それは私の責任と言えるのかも。


「カナエさん、ぜひ一緒に」

「カナエさんが居ると、場が落ち着くんです」


 聖良と美波は私に、才が暴走しないように手綱を握ってもらいたいのだ。


「参りましたね。二人からも認められたんですから、これはサイカナ探偵団再結成ですね」


 彼女達の思惑に気づかない才がほざいた。私達はパートナーではなく、猛獣と猛獣使いの関係じゃい。このお馬鹿さんめ。

 若い女性二人にすがられて、私は渋々同行を引き受けた。わざわざ私の仕事が無い曜日に合わせてくれたっぽいしね。


「そういえば、二人共お仕事は? 平日に大丈夫なの?」


 私の問いに、安心した美波が明るい声で返した。


「えへへ、私は一般商社に務めてるんですが、今日は有休取っちゃいました」


 あちゃ~、私に合わせる為に貴重な有休を使わせてしまったか。悪いことしたな。


「私は……、今日は撮影が無いので」


 続いた聖良の言葉に私は首を傾げた。撮影?


「聖良お姉さんはプロのモデルさんなんですよ!」


 美波に言われても意外性はさほど無かった。ああやっぱり、という感じだ。マスクを外してマキアートを飲む聖良は納得の美しさだった。


「聖良さん凄く綺麗だもんね」

「ありがとうございます。でもモデルって活動期間が短いんです。ミセス向けの雑誌も有りますが、ぶっちゃけギャラは安いです。稼げるショーやCMは若い子がどんどん起用されていますし」


 まだまだ若々しく美しいが、聖良は三十代の半ば。中年と呼ばれる年代に入っている。


「いろいろ大変なのね」

「はい。女優やテレビタレントにシフトチェンジしたいんですが、所属している事務所がテレビ業界へのパイプが弱くて。だから自分で売り込まなきゃならないんです。今朝も時間ギリギリまで、オーディション用の書類を作ってました」

「聖良お姉さんなら、女優でも絶対に成功するよ! カナエさんだってそう思うでしょ?」


 美波は聖良を本当に慕っているようだ。言葉に棘が一切無い。


「そうだね。でも美波さんだって、アイドル並みに可愛いとオバさんは思うわよ?」


 これは世辞ではなく本心だ。美波は容姿はもちろん仕草も可愛い。才が惚れるのも無理はない。


「えへ、私は芸能界はパスです。私が生まれた時はもうお父さん達売れてなくて、お母さんがお金に苦労するの見て育ったから」


 聖良が溜め息と愚痴を漏らした。


「ウチもそうよ。お金が有って贅沢できたのなんて、ほんの数年だけだもの。友樹さんがよく言っていたな、俊さえ居ればきっとまた売れるのにって」

「ゴッド☆俊か……」


 ゴッドさえ居れば。いつからその願いは恨みに変わったのだろう。ゴッドが居ないから、ゴッドが新しい詞を書いてくれないから。今の自分が不幸なのはゴッドのせいなんだ、木嶋友樹はそんな風に考えてしまったのかもしれない。


「あ、もうこんな時間。そろそろ出ましょう」


 美波が携帯電話で時刻を確認した。促され席を立った私が、美波のすぐ傍を通ろうとすると……


「きゃあっ、カナエさん、み、見ました!?」


 何故か彼女は慌て出した。


「へっ!? 何を?」

「あ、見てないならいいんです。忘れて下さい」

「?」


 私と美波のやり取りを見ていた聖良が笑った。


「カナエさん、そのコね、スマホの待ち受けに初恋の人の写真使っているんです」


 美波の頬に赤みが増した。


「ちょっとお姉さん、バラさないでよ!」


 ああ、なるほどね。初恋かぁ。私にとっては何十年も前の遠い記憶だ。甘酸っぱいよね。


「もう、お姉さんたら!」


 美波はプリプリ怒りながらも、聖良と仲良く連れ立って歩いた。血の繋がりが無いのに本当の姉妹のようだ。

 彼女らに続こうと一歩を踏み出した私の腕を、背後に居た才が無遠慮に引っ張った。地味に痛い。


「カナエさん、本当に見えなかったんですか?」

「何を?」

「美波さんの初恋の人の写真ですよ」

「知ってどうするのさ?」

「どんなタイプか気になるじゃないですか!」


 本気で美波を好きになってしまったんだな。若者の恋を応援したい気持ちは有るけれど……。


「ごめんね、本当に見てないのよ」


 微かに才の舌打ちの音がした。応援したい気持ちが穴の開いた風船のようにしぼんだ。

 私は才に乾いた笑いを返した後、とっとと店の出口に向かうことにした。そんな私達は退店するまでずっと、店内の客達から不躾な視線を向けられることになった。

 のどかでお洒落なコーヒーショップで、ゴッドゴッド連発していたんだから不審がられて当然か。私達は何の集団だと思われたんだろう。

 ああ、厄払いしたい。

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