急転直下な才の推理(五)
「木嶋さんはお金、欲しくなったのかな?」
やり切れない想いで、私は才に聞いた。
「たぶん」
「それでマングローブの歌詞をネタに、美奈子さんを脅迫しゃったのかな?」
「木嶋さんは美奈子との接点が有りません。会社の電話番号はホームページに載ってますが、赤の他人が掛けたところで門前払いになるでしょう」
「え、じゃあ木嶋さんは誰を……」
「身近に居た人間、ゴッドですよ」
「!!」
今日は何度、頭に衝撃を受けたのだろう。相当な量の脳細胞が死んでしまった気がする。ただでさえ最近は物忘れが酷いのに手痛い損傷だ。
「どうしてゴッドを。仲間だったんじゃないの?」
「金が有る間は仲間だったんでしょう。困窮すると人は変わるものです」
だから、木嶋友樹は今死んだのか。
「生活に困った時、木嶋さんは思い出したんです。金ヅルになりそうな秘密を抱えた奴が、自分の知り合いに居るじゃないかと」
「木嶋さんはゴッドが、美奈子さんを脅迫したことをネタにしたのね?」
「きっとそうです。復讐の為とはいえ、脅迫はれっきとした犯罪。明るみになったらゴッドは逮捕されるんです」
「それで、口封じに……」
「ゴッドは最初、木嶋さんの要求を呑む振りをしたんでしょうね。そして彼のアパートを訪れ、酒盛りをして油断させた」
実際は見ていないのに、その時の情景が目に浮かんだ。
「やがて眠ってしまった彼を、電気コードで殺害したのね」
「ええ。その後に、自分が使ったグラスを洗ったり、指紋を拭いたりの隠蔽工作をしたんでしょう」
私は才の持論を受け入れた。様々な状況と照らし合わせて、それしか無いと思えたのだ。
「ゴッド☆俊はどんな人だったの?」
哀しき遺族から、殺人犯になってしまった男。
「それが……、ほとんど情報が無いんです」
才は腕組みをした。
「完全に裏方に徹していたようで、ゴッド本人は雑誌やテレビの取材に一切応じていません。写真すら残っていない状態なんです。プロデュースしたのも、マングローブ一曲だけだったそうです」
「そっか、聖良さんが言ってたね。二曲目がコケたのは、プロデューサーが変わったことが要因だって」
「ですね。ゴッドが展開したあの全てがどうでも良くなる世界観は、引き継ごうとして引き継げるものではないですから」
荒神美奈子への脅迫を狙っていたゴッド☆俊が、目的達成後に足跡をくらますのは当然のことか。
「ゴッドについてこれ以上追えないとなると……」
「残念ですが、サイカナ探偵団は一時休業ですね」
ん?
「今何て言った?」
「休業のお知らせを」
「そこじゃない。その前」
「サイカナ探偵団」
嫌な予感がした。才に関するこの手の予感は高い確率で的中する。
「もしかして、だけれど、そのカナってのは……」
「当然カナエさんのカナですよ。サイはもちろん俺」
当たり前のように言うなや。
「探偵団って何さ?」
「情報を頼りに物事の本質を探る職業です」
「いやあの、意味じゃなくてさ」
いちいち話が嚙み合わない。
「前に言ったよね? 事件にあまり首を突っ込むなって。危険だからって」
そして勝手に私を巻き込まないで。
「そうですけど、二人なら何とかなりそうな気がしませんか?」
「全くしません!」
才はヤレヤレと肩をすくめた。
「カナエさんは
知っている。日本史に登場する有名なエピソードだ。
「三人の息子達に、協力し合う大切さを説いた話だよね?」
「その通り。一本一本では細く脆い矢でも、複数
それは一本の矢に、元々ある程度の強度が有ることが前提です。ストロー並の脆さの矢が何本集まったところで、ポッキポキに折られてお終いでしょうよ。
同じように、ヒョロガリ青年と小太り主婦が組んだところで戦力は増さない。戦力外は何人居ても戦力外。どうしてもと言うのなら、あんたのその細い腕をトレーニングで倍の太さにしておいで。話はそれからだ。
「とにかく、私はもう事件に関わる気は有りません」
私はキッパリと宣言した。
「でもカナエさん……」
「でもも、だっても有りません。この話はこれで終わり、いいね?」
才は捨てられたレッサーパンダのような目をこちらに向けて来たが、私の心は一ミリも動かなかった。
「解りましたよ、探偵団は休業ではなく解散の方向で」
そもそも結成すらされていない。
むくれる才を放って私は帰り支度を始めた。
「あ、せめて最後に感想を聞かせて下さい」
唐突に要請された。
「感想? 何の?」
「俺の今日のプレゼンはどうでした?」
「はい?」
「資料は読み易かったですか? 説明の順番はどうでした? 改善すべき点が有ったら遠慮せず言って下さい」
「あの、何の話かしら?」
「今回知った情報を、美波さんにも伝えようと思って」
「美波さん……、ああ、美波さんね……」
私は木嶋友樹に献花しに来た美波を思い出した。彼女はまた私達と話したいと言っていた。
キリング・ノヴァをプロデュースしたゴッド☆俊の話は、美波の関心を引きそうではある。
「それでどうでした? 僕のプレゼンは美波さんに気に入られそうですか?」
ピンと来た。才の野郎、最初からそれが目的だったんだ。
美波に良い所を見せたい一心で事件を調べ上げ、一生懸命に資料作りをした。そして私とディスカッションすることで、プレゼンテーションの精度を上げようとしたのだ。美波との本番に備えて。
いいね、青春だね。帰り道にその新しそうな靴で犬のウ○コ踏み抜け。
「とっても、良いと思うよ」
私は心に生まれた闇を払い、才に微笑んだ。
「そうですか!」
殺人犯を追いかけるより、女の子にアプローチする方がまだ健全だと思ったのだ。だから私は才の恋を応援することにした。
「いや~、この資料は自信有ったんですよ!」
「そうだね、大したもんだよ。私の貴重な休日を犠牲にしただけの価値は有ったよ」
どうしても嫌味が出てしまう。鈍い奴は気づかないだろうが。
「でもあまり怖がらせないであげてね。相手は若い女性なんだから」
私に説明した時のように、物の怪を憑依させてはいけない。
「それに知り合いのオジさんが不幸に遭って、彼女は今とってもナーバスになっているはずだから」
「そうですね。少し表現をソフトにしてみます」
「うんうん、微調整頑張って」
美波と仲良くなれれば、才は私に付き纏うことをやめるだろう。それどころか彼女に相応しい男になろうと、就職活動にも本気を出すかもしれない。恋人ができたことで自信が付いて、面接で堂々と振る舞えるようになるかもしれない。
ああ、全てが上手くいきそうな気がしてきた。
押し付ける形になって美波には申し訳ないが、才だって若い女性に対しては配慮をすると思うから。私に接する時のように、図々しくグイグイ行かないと思うから。
……………………。
行かないよね、才?
一抹の不安を感じながら、私は帰路についたのだった。
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