急転直下な才の推理(四)

「えっと、話を再開しますね。ゴッドについてでしたね」


 才の声量はだいぶ落ち着いていた。それでいい。先程までの才は熱心になるあまり、何かに取り憑かれているようだったから。


「ゴッドはマングローブの歌を世間に披露して、美奈子に揺さぶりを掛けたんだと思います」


 いつの間にかゴッド☆俊がゴッドに省略されていた。面倒臭くなったんだな。私も倣おう。


「関係者が聞いたら、そのものズバリな歌だもんね。美奈子さんは相当焦ったでしょうね」


 才の口調が穏やかになったので、私も発言できるようになった。


「ゴッドの復讐は完遂されたのかな?」

「それを語るには、ゴッドの目的が何処に向かっているかが焦点になりますね。真相をチラつかせて美奈子から金を引き出そうとしたのか、それとも彼女の命を狙っているのか」

「命なんて……」


 ああ、でも、ゴッド☆俊が亡くなった夫妻を深く愛していたら。命には命の償いを、そう考えてしまったのかもしれない。


「ゴッドの狙いは本人以外知りようが有りませんが、事実として、荒神美奈子は生きてます」

「そっか、そうだよね!」

「そして追加情報ですが、ARAGAMI工業は美奈子と夫の代になってから、だいぶ会社の規模が縮小されました」

「そうなんだ……。じゃあつまり、ゴッドはお金を選んだ可能性が高いってこと?」

「可能性としてはそうでしょうね。強欲な人間相手なら、命よりも財産を奪う方が制裁効果が高いですから」

「そっか……」


 脅迫も決して褒められた行為ではないが、仇討ちで新しい死者が出なかったことに私は安堵した。


「血で血を洗う復讐劇にならなくて良かったよ。偽善的な意見かもしれないけれど」

「そうですか?」

「え、偽善的じゃない?」


 近親者を殺された経験の無い私が、ゴッド☆俊の行動を簡単に非難してしまっていいのだろうか、そう思っている。


「そこじゃなくて、血で血を洗う復讐劇にならなかったって部分」

「? だって、ゴッドは美奈子さんを殺してないじゃない」


 ゴッドの呼び方は何とかならんかね。真面目な話をしているはずなのに気が抜ける。


「美奈子は死んでませんけど、流れ弾を受けて別の人が死んでます」


 才の爆弾発言に私は面食らった。


「誰!?」


 名前が挙がっている他の死者は、荒神夫妻と一緒に亡くなった操縦士の佐々木順三郎のみだ。

 まさか順三郎? ここで順三郎? 彼を巡ってもうひと悶着起きたのだろうか?


「木嶋友樹さんですよ」


 しかし才は私の予想から外れた、意外な人物の名前を宣告したのであった。


「え……?」


 才は何を言っているのだろう。私と才が遭遇した遺体の木嶋友樹。どうして彼の名前が挙がるの?


「木嶋さん? 確かに亡くなっているけど最近でしょ? だいたい彼は荒神一族と何の関係も無いじゃない」

「関係有るでしょう? 彼が所属していたキリング・ノヴァは、ゴッドに詞を提供してもらったんだから」

「あ」


 納得しそうになって、私は頭を激しく振った。


「いやいやいや! 歌詞は確かに昔の事件を表したものかもしれないけど、木嶋さん達は何も知らずに演奏しただけじゃない!」

「何も知らなかった。本当にそうでしょうか?」


 才は目を蛇のように細めた。


「キリング・ノヴァのことも調べたんですけど、ゴッドは作詞だけではなく、彼らのプロデュースも担当していたらしいです」

「そうなの!?」

「当然キリング・ノヴァのメンバーとは密接に関わっているはずです。ひょっとしたら、デビュー前からの知り合いだったのかも」

「……………………」

「親しい仲なら、いろいろな話をしますよね。例えば、マングローブの歌詞に秘められた真実とか。自分の復讐に協力してほしくて、ゴッドの方から話を持ち掛けたのかもしれない」

「!」


 待って、ちょっと待ってよ。私は次々と与えられる情報に脳の処理が追い付かなかった。


「キリング・ノヴァのメンバーが事故の真実を知っていたとして、どうして木嶋さんが殺されるのよ?」

「口封じ、とか?」

「何でよ!!」


 私は感情のままつい怒鳴ってしまった。驚いた才は大きくった。コイツ怒られ慣れていないな。


「いや、その、何て言うか」


 しどろもどろになった才に私は畳み掛けた。


「アレは三十年以上も前に起きた事件でしょう? どうして今になって木嶋さんが殺されなきゃならないのよ!?」


 才は詰め寄る私の前にドリンクが入ったグラスを出して制した。


「カナエさん、ほらジュース飲んで一旦落ち着きましょう。若鶏の唐揚げも有りますよ」


 自分だってさっきはトランス状態だったくせに。でもジュースは受け取って飲んだ。せっかくなので唐揚げも食べた。


「今だから、かもしれないですよ?」


 才はチラチラ私の顔色を窺いながら続けた。


「木嶋さんの部屋を見たでしょう。お世辞にも金を持ってるとは言えない暮らし振りでした。でも聖良さんの話では、昔は羽振りが良かったって」

「……ヒットしたのはマングローブただ一曲だとしても、その一曲で当時は相当稼いだはずだからね」

「だからこそ、昔と今の生活レベルの落差に、木嶋さんは耐えられなくなったかもしれませんよ?」

「……………………」


 碌な家具も無く、フローリングの床に敷かれたマットは色あせ、ふちがボロボロだった。木嶋友樹の部屋の中を思い出した私は、才に反論できなくなった。

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