急転直下な才の推理(三)
そう言って才は、新たな一枚を資料として私へ差し出した。
「ARAGAMI工業の現在の経営陣です」
紙には写真と役員の氏名が載っていた。取締役社長が
「美奈子……、ヴィーナス!」
紙を持つ指先が震えた。これは恐怖なのか、興奮なのか。
「ヴィーナスは飛行機に乗らなかったんだ。じゃあ、仲直りの遊覧飛行ってどういう意味だろう?」
「そこはまだ解明できてません」
「才くんが歌詞に出て来る人達が死んだって言ったからさ、ヴィーナスもそうだと思ったんだよ。歌詞の中で亡くなったのは、アポロンの荒神陽司さんだけなのね?」
「もう一人、歌詞に登場する人物が死んでます」
「へ?」
人名と言うか神名はもう出ていないはずだけど?
才は歌詞の一行を指差した。
「ここです」
砕けたアクアマリン 地上の海も星空のように
「アクアマリンは海水の意味を持つ宝石です。砕けたら海と一体化してしまうイメージが有りませんか? 星空を連想させたいなら、ダイヤモンドかムーンストーンが妥当だと思うんですが」
「それはそうだね。どうして作詞家はアクアマリンにしたんだろう?」
「アクアマリンは、三月の誕生石なんです」
「!」
私は犠牲者名簿を再確認した。
「弥生さん……」
「そういうことです」
やたらと喉の奥がヒリヒリした。私はインターホンでドリンク追加をフロントに頼んだ。すぐに終わると思ったからワンドリンク制を選んだのに、これだったらドリンクバーの方がお得だったな。
「ねぇ才くん、マングローブの曲は、犠牲になった人達へ捧げる鎮魂歌だったのかなぁ?」
それにしては不謹慎な歌詞だが。
「俺は逆だと思いますね。聞いた相手を挑発するのが目的だと思います」
誰を? と問う前に答えは出ていた。一人しか居ない。
「ヴィーナス……」
才は深く頷いた。
「ARAGAMI工業は親族経営らしいので、この辺りで何か有ったのかもしれないですね。ちなみに専務の美奈子は、現社長である荒神征一の妻です」
含みを持たせた才の物言い。嫌だな、大企業一族の闇を覗いてしまいそうだ。庶民の私には事態が大き過ぎる。
「でも、飛行機が墜落したのは事故だったんでしょう?」
そうであってほしい。
「流石にそこまでは調べられないので、何とも」
「そもそもさ、挑発しているのは誰なのさ。当事者である夫妻は亡くなっているのに」
才は試すように私に聞いた。
「マングローブの作詞家の名前は覚えていますか?」
「ええと、前回話したよね。確か尊大で阿保丸出しな名前。うーんと……、何だっけ?」
才は溜め息を吐いた。悪かったね、この歳になるとね、新しい情報が脳にインプットされにくいの。あんただって将来はジジイになるんだから。老いからは逃れられないのよ?
才は正解を告げた。
「ゴッド☆俊ですよ」
ああ、そうだった。ゴッドって……。失笑した私は、その顔のまま固まった。
「神……、まさか、荒神……?」
あの人差し指を立てるポーズで才は肯定した。いい加減しつこい。
「たぶんそうなんです。ゴッド☆俊も荒神一族の人間。おそらくは死んだ荒神夫妻の息子です」
歌詞にもアポロンの息子と表記されている。
「……その人は、美奈子さんを挑発してどうしたいの?」
「脅迫、もしくは復讐に繋げたかったんじゃないですか?」
「復讐……」
私は続く言葉を失った。
過去にしたいキミ 未来に繋げたい僕
恋人に去られた男性が諦め切れずに復縁を望む、そんなよく有る設定の失恋ソングだと思っていたのに。実は親族間で繰り広げられた復讐劇で、原因となった夫妻は命を落としていた。
「ハッキリ言います。俺は事故ではなく、荒神陽司さんと弥生さんは殺されたんだと思います。荒神美奈子によって!」
才の語気が強まった。
「事故に見せかけて社長夫妻を葬った美奈子は、夫と共に会社の新しい経営者になったんです。それこそが彼女の目的だったんでしょう」
いつもより吊り上がった才の目は、私を真正面から見据えていた。視線を逸らすことが許されなかった。
「当時のマスコミは真相に気づかず、事故として処理をしました。まんまと美奈子の思惑通りに事は運んだんです」
怖い。ここに居ることが、才の話の先を聞くことが、とても恐ろしく感じられた。
「しかしただ一人、真実に辿り着いた者が居たんです。それが彼、ゴッド☆俊です」
才はテーブルの上に両手で拳を造った。
「ゴッド☆俊は当然美奈子を問い詰めたでしょう。でも簡単に認める訳が有りません。殺人なんですから。彼女は冷たい言葉でゴッド☆俊を追い払った」
しつこいのよ。終わったのよ。序盤の歌詞が正にその状態だ。
「そこでゴッド☆俊は……」
「失礼しまーす。追加ドリンクお持ちしましたー」
凄いタイミングで扉が開き、店員が室内に入ってきた。演説中だった才は、拳を握った姿勢で停止した。
「前のグラス回収しまーす。ども、ごゆっくりー」
室内の空気を完全にクラッシュした店員は、ただ自分の仕事をこなして去っていった。
「……………………」
歌っている最中に入られるのも結構恥ずかしいが、演説を見られるというのはもっと恥ずかしいのかもしれない。才は、下を向いてモジモジし出した。
私はというと、入れ替わった空気にホッとして深呼吸をした。
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