急転直下な才の推理(二)

 私は渋々後半部分を考察した。


「後半はアポロンが仲直りの為に、ヴィーナスとの遊覧飛行を計画したのよね?」

「うんうん、それから?」

「でもトラブルが起きたのか、船は落ちちゃった。これは再構築を望んだものの、玉砕してしまったって仄めかしているのかなぁ?」


 私の答えを才は満足そうに聞いた。


「俺も最初はそう思ったんです。恋愛感情は上がり下がりが激しいから、それをタービュランス、乱気流で表現したのかなって」

「違うの?」

「違ったんです。後半の遊覧飛行の墜落は、現実に起きた事件だったんです」

「え……」


 死んでいた。ここに来てその言葉が意味を持った。


「飛行機、本当に堕ちたの……?」


 才はコクリと頷いた。


「乱気流で?」

「いえ。たいてい遊覧飛行に使われるのは小型艇です。乱気流が発生する高度までは上昇できません。おそらく、タービュランスはそれほどの揺れだったという比喩ひゆ表現かと」

「まるでタービュランス。まるで、か。じゃあ本当の墜落原因は何だったの?」

「はっきりしていません。海からの強風を受けたか、機体の整備が不十分だったか」


 私は一番気になったことを尋ねた。


「どうして、才くんは飛行機が堕ちたと断言できるの?」


 マングローブの歌詞から読み解いたにしては具体的過ぎる。まるで見てきたかのように彼は語る。

 才は人差し指を立てる例のポーズを取った。私はイラつくよりも話の先が気になった。


「確実な根拠が有るからです」


 才はうやうやしく、四つ折りにされていた一枚の紙片を広げた。きっとこれが最大の収穫物なのだろう。


『大企業社長夫妻、飛行機事故で死亡』


 それは古新聞のコピーだった。見出しの文字に私の目は釘付けになった。


「何、これ……」

「見ての通り、1988年に発行された新聞をプリントしたものです」

「そんな何十年も前の新聞が手に入るの?」

「各新聞社には、過去に発行された新聞のデータが残ってるんです。百年以上前までさかのぼれます」

「そんなに!?」

「ええ。しかも自分が希望した日の新聞を五百円程度で、コンビニでプリントできるサービスが有るんですよ」

「知らなかった」

「新聞社のサービスよりも、今は新聞の内容に注目して下さい」

「あ、はい」


 私は見出しから本文記事に移った。


『7月3日、東京湾で遊覧飛行中だった小型艇が海面に墜落。操縦士の佐々木順三郎ジュンザブロウさん、乗客の荒神陽司アラガミヨウジさん、同氏の妻弥生ヤヨイさんの三名は全員死亡。犠牲者の一人である荒神陽司さんは、上場企業ARAGAMI工業株式会社の代表取締役社長だった』


 遊覧飛行、海に堕ちた船。マングローブの歌詞を彷彿ほうふつとさせる事故だ。でも……


「たまたま、歌詞と事故の状況が似ているだけなんじゃないの?」


 私は否定したかった。怯えていたのだ。少女時代に笑いながら歌っていたコミカルな曲が、実は人の死をなぞったものだったなんて、そんなこと有ってほしくなかった。


「偶然ではありません。数字が完全に一致しているんです」


 数字?


「事故が起きた日付を確認して下さい」

「7月3日。……あ!」


 煌きは僕の胸に 7対3でキミの胸にも


「歌詞にも同じ数字が有る!」

「そうなんです。更に新聞が発行された年を見て下さい」

「1988年。でも、この数字は歌詞の何処にも無いよ?」

「本当に?」

「ええ。だって他に有るのは……」


 2年間ずっと抱え込んだ僕の想い


「この部分の、2の数字だけでしょう?」


 才の唇の両端が上がった。


「これも調べたんですけどね、マングローブの曲が発売されたのは1990年の7月3日。事件からちょうど二年後だったんですよ」

「!…………」


 何てことだ。背中に冷や水を浴びせられたような気分だった。

 マングローブは原生林……。これは人が死ぬ瞬間を描いた曲だったのだ。

 恐ろしいことだが、日付と事故内容が一致してしまった以上、才の主張が正しいのだろう。

 私はコップに注がれたメロンソーダを一気飲みした。ぶふぉっ。炭酸が鼻と目にしみたが、甘味料が私の心を幾分か落ち着かせた。


「才くん、よくここまで答えを導き出せたね?」


 一見して不真面目な歌詞。よく見ても苦笑を誘う歌詞。ここから過去の事件を嗅ぎつけるなんて。常人にはできない才能だ。

 褒められて気を良くした才は饒舌になった。


「初めに気になったのはアポロンとヴィーナスの関係ですね。以前も議論しましたが、アポロンの本来の相手はダフネ。カナエさんは作詞家が知らなかっただけだと言いましたが、俺は何か意図が有るんじゃないかと思ったんです」

「そっかー」

「次に着目したのが歌詞の中の数字です。7対3でキミの胸にも。急に割合が出てくる不自然な流れです。これはきっと作詞家が、この数字をどうしても入れたかったのだと思いました」

「そっかー。歌詞全体がイカレた雰囲気だから、7対3とか言われても、私は別に不自然とは思わなかったな」


 流してしまう私と、突き詰めて洞察する才。勉強ができる人間は、こういう点で私より優れているんだろう。


「そこで俺は7と3について考えることにしました。時間か、日付か、前髪の分かれ目か」


 最後に変なの混じってたぞ。


「マングローブのCD発売日も7月3日だったので、ああ、これだったのかと一度は納得しかけました。でも2年間の想いというワードも有ったから、試しにCD発売日の二年前の新聞を調べてみたんです」

「そうしたら、大当たりだったのね?」

「ええ。パソコンの前で叫んでしまいましたよ。ヴィーナスとアポロンが誰だか判ったんですから」

「そうだ、ヴィーナス。彼女は死亡者の中には居なかったよ!?」


 事故犠牲者の下の名前は順三郎、陽司、弥生。陽司が太陽神アポロンだとしても、美の女神が不在なのである。

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