第53話
「なぜ、つばめを殺したの?」
唯愛はキョトンと首を傾げる。
「ん? 決まってるだろ愛のためだ。私達の愛のため」
「僕らと一緒に楽園を見つけられたはずだ。唯愛とつばめと、僕が居れば」
「楽園はない。いや正確には、あそこが楽園だったんだ。烏の包囲網で事前情報だけは薄っすらとだけ手に入れていた。見て……確信した。噂通りの場所だったよ。社会を作り、平和そうに暮らしている。あくまで平和そうなだけだが」
唯愛は光のない瞳で僕を見る。ガラスを撫でる。眼下にはゾンビに溢れた街。
「偽りはいらない。本物の楽園は私と君だけが創るんだ。誰にも邪魔させない」
「じゃあ、今までのはなんだったの? 僕たちの旅は何の意味があった?」
僕は誰に言うでもなくぼそりと言う。唯愛は腕を組み顎に手を当ててゆっくりと口を開く。
「ただの余興だよ。当初の計画としては君と私だけの遠征にしようと思っていたんだ。けど、私があまり動くと不自然だから、強かった真正つばめを引き入れた。イレギュラーはあったが、結果としては良かった。つばめには感謝しないとな。君は自分の手で人を殺す力を手に入れ、今、邪魔者は居ない。理想的な結末だ。地上でゾンビと戯れているあの女もしばらくしたら死ぬだろう。……だから私と一緒に楽園を創ろう、鷹也」
唯愛は微笑を浮かべ僕に手を差し出す。僕はため息をつく。
「僕らって会ったことがあるよね。ずっと昔に」
「虚飾として私が君を捕まえたときのことか? それとも――もっと昔?」
「どっちもだよ。そしてこれが三度目の出会いで――終わりだ。僕は、僕の幸福を害する君を殺す……」
僕は散弾銃を唯愛の体に向ける。
「……そうか」
唯愛はため息交じりに苦笑い。
「綺麗だよ。鷹也。そんな君が好きだ。欲深くて自分勝手でだからこそ、私の目を支配する」
唯愛は微笑を浮かべる。回転式拳銃の銃口が僕の頭を狙う。引き金が同時に引かれた。僕は発砲と同時、散弾銃を唯愛に投擲。唯愛の放った弾丸が頭蓋を砕こうと飛翔してくる。僕は微かな霧の流れを見ていた。身を捻って躱す。弾丸が頬を抉る。眼の前で赤い花火が散った。血まみれの唯愛が拳銃の銃口を僕の眼前に再び突きつける。
「では、殺し合おう! 鷹也! そうすれば今度こそ、私たちは、真に分かり合える!」
「コミュ障がッ!」
僕は咄嗟に唯愛の拳銃を蹴り上げる。小さな銃が宙を舞い展望台のガラスを叩き割る。割れたガラスから冷たい空気と濃霧が侵入。僕は力任せに唯愛の頭を掴んで地面に叩きつける。血が床に張り付く。唯愛は口元を歪め、僕を見上げる。嫌な予感に咄嗟に飛び退く。斬撃が霧を切った。踏み込みの音。僕は背中から突撃銃を抜き放ち掃射。弾丸の雨の中から軽やかなステップの音。霧を裂いて唯愛が眼前に現れる。
「良い! 心が躍る!」
唯愛が蹴り上げ斬撃が僕の腕を削り取る。一筋の血液が床を汚す。激痛に顔をしかめる。唯愛は踊るように足を振るう。靴の刃が僕の右目の瞼を抉る。血で視界が霞む。慌ててバックステップ。突撃銃の残弾を発射。弾丸が唯愛の胸を貫く。唯愛は立ったままニヤリと獰猛に口元を歪めた。尋常ではない速度で傷が再生していく。もうすでに散弾銃による傷は再生し終わっていた。
「霧に愛されてるね」
僕は皮肉交じりに言う。
「お互い様だろ。君はどんな濃霧でも私の姿が分かるはずだ。差は歴然だがなッ!」
「ッ!」
次の瞬間、僕は体を後ろに曲げる。眼の前を針が貫く。次の瞬間、腹部がじんわりとした熱に包まれた。僕は呆然と自分の体を見る。腹を銀色の針が貫いていた。ゴポリと口から血が溢れる。唯愛は微笑を浮かべ僕を見る。針が抜かれる。僕はふらふらと後ろに下がり、手で傷口を抑える。やっぱ勝てないか。唯愛は僕に手を差し出してくる。
「諦めろ、鷹也。安心しろ君が逆らったからって私は君を嫌いになったりしない。ただずっと愛してる……」
「会ったこともなかったのに? 僕のことなんて何も知らないのに」
僕は痛みを堪えながら声を絞り出す。唯愛は子供のように自慢気に胸を張る。
「今は違う。私は君を知ってる。そして君は私の思った通りの人だった」
無邪気に恋を知った少女の如く唯愛は笑う。僕は苦痛や恐怖など一ミリもなさそうに笑った。実力差は歴然、でも気づいてしまった。彼女を殺すことなど至極簡単なのだということに。嫌な発想ばかりだ。
「じゃあ、僕を抱きしめてよ……逃さないから!」
「えっ?」
僕はそのまま唯愛の華奢な体を抱きしめる。瞳に映るのは困惑。きっと彼女は僕のことを真実として愛してなどいなかったのだろう。ただ彼女にはきっと僕しか優しい思い出がなかっただけ。それだけだった。だから隙きができる。僕は柔らかな少女の肩を抱きすくめ右手のナイフを唯愛の心臓に突き刺した。唯愛が呆然と心臓に刺さった刃物を見る。
「鷹也……私は死なないぞ?」
唯愛は困惑した表情で僕を見る。
「君は死ぬ。バラバラに裂いて烏に食べてもらうから。僕が殺してあげる。だから……僕のために死んで」
唯愛は朦朧とした瞳で僕を見る。僅かに瞳から涙が溢れた。顔には笑み。
「嗚呼……そうか。もう……良いのか? 愛してるよ、鷹也」
唯愛は瞼を閉じて僕を、強く抱きしめ返す。刃越しに唯愛の温かい血液を感じた。僕は震える唇を強く噛んだ。約束は終わった。わずかに残っていた体の怠さが一瞬で消えた。
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