第51話

「鳥頭はやっぱ馬鹿ッ!」

 百合園は突撃銃を拾い急いで横に駆け出す。さっきまで百合園が居た場所が姉の足の鉤爪で抉られる。百合園は銃口を姉に向ける。

「生憎、私は非力なんだけど」

 突撃銃が唸り声をあげて弾丸を射出。姉は地面を強く蹴ってふわりと飛ぶ。弾丸が翼を貫通して鮮血が舞う。すぐに音を立てて傷が再生。猿と同じような特徴。僕は空を飛んでいる姉を見上げる。

「少年、プレゼント!」

 百合園が銃をこちらに投げる。僕は抱きかかえるようにそれを受け取る。べっとりと血がこびりついた散弾銃の姿。見覚えがありすぎてため息をつく。百合園を睨むとへらへらと笑っていた。用意周到で趣味が悪い。元天才少女は伊達じゃないらしい。僕はつばめの散弾銃をコッキングし一歩、踏み出す。戦い方なんて既に知っている。全力で走って――地面を蹴って跳躍。引き金を引く。散弾がゾンビの右足の鉤爪を吹き飛ばした。くぐもった声。僕は着地と同時に拳銃でゾンビの頭部を狙う。

「鷹也ッ! 貴方ッ、どうしてあんな女の言葉を聞くの?」

 射撃。姉は翼で弾丸を防ぐ。鮮血が飛び散る。

「百合園さんは関係ない。僕が、ずっと、最初から決めていたんだ!」

 ゾンビは左足の鉤爪で僕の腹を抉ろうとする。僕は後ろに跳んで散弾銃を発砲。

「ガッ!」

 散弾に足を抉られ姉は呻く。姉は両足を失い翼を羽ばたかせ上空に逃げようとする。今度は外さない。左手で拳銃を抜き放つ。その時、姉の恐怖に歪んだ表情が見えた。引き金をかけた手が震える。

「ごめん……姉さん」

 重たい引き金を引いた。姉の脳に直撃。ゾンビは一瞬だけ怯み宙で羽ばたくのを止める。僕はすぐさま散弾銃をコッキング。落ちていく姉を見ても不思議と涙は流れなかった。散弾銃の引き金を引く。肉と血が混じったものが僕の顔に飛び散った。姉が声に鳴らない絶叫を上げる。躊躇いなく二度目、脆い頭部が弾け跳ぶ。頭を失ったゾンビはそれでも僕に向かって右翼を振るった。

「ずっと殺したかったんだ」

 三度目の引き金を引いた。ゾンビの体はふわりと後ろに浮いて地面の上に落ちた。灰色の羽が頬に触れ地面に落ちた。ぽつりぽつりと地面の色が濃くなる。今夜は雨になりそうだ。


「僕たち何処に向かってるんですか? 百合園さん」

 僕はあの後、迷いなく歩き始めた百合園の後を追っていた。約束の日まで後三日。

「んー、東京」

 空は暗く霧のせいでもう星は見えない。僕らは生い茂った森の中で食事をする。手に持った肉を噛みちぎる。さっき僕が適当に捕まえた鹿肉である。固くて血なまぐさい。

「唯愛ちゃんは東京行ったよ。君を追わなかった。彼女、実は意外と薄情だったりするのかな」

「僕に唯愛の気持ちなんて理解できませんよ。だからこうなったんです」

 僕は散弾銃の銃身を撫でる。百合園はため息をつく。

「推測ならできるけど……まっ、君のためだろうね。少年は愛されキャラだ。千人殺せば、ウイルス克服か……」

「あれって、本当ですか?」

 僕は肉を噛みちぎり言う。

「さぁね。神様の声は生憎私には聞こえないから。ただ気味悪い存在が霧の裏に居るのは事実だよ。銃ばらまいて戦場創り出している。もし克服できたとしても信用できない……ね」

 百合園は煙草に火をつけて煙を吐く。

「だから私は唯愛ちゃんを殺す。特効薬の情報を持っているかもしれないし。なんたってあの稀代の烏の長なんだから」

「だから僕を連れて東京に行くんですか?」

「そのとーり。逃げたくなった?」

「逃げられるなら」

「残念だけど無理。あっ。やっと来た」

 森の奥の方を見るとぼんやりとした灯りを発する列車の姿。

「あれって霧が動かしてるんですか?」

「だろうね。霧さん戦闘狂だから……私達の戦争を観戦したいんじゃない?」

 僕は焚き火の火を消して立ち上がった。


 駅のホームに着くと長い蛇のような鉄の車体が鎮座していた。百合園が肩をすくめ先に進むように促す。僕はこくりと頷き一歩列車に向かって歩く。音を立てて列車の扉が開く。拳銃を持って中に入る。死体の一つも落ちていなかった。百合園が遅れて列車に入る。アナウンスもなく扉が閉まる。がたんと音がして列車が動き始めた。僕は近くのソファに座った。僕はぼーと窓ガラスを見る。駅に入るたびに車内が陰り、外に出るたびに視界を埋め尽くす霧に驚かされる。四年前のあの日からずっと霧は世界の支配者だった。

「百合園さんは……どうして死んでないんですか?」

「死んでたほうが良かった? まっ恨まれても仕方ないとは思ってるけど」

 向かいの座席に座っていた百合園は肩をすくめる。

「そうではなく……」

「天才だからね。死んだふりぐらいできるよ。彼女、性格的に私に興味なさそうだから、気づかないだろうと思った。実際、その通り。まぁ、代償として胸を抉れたけど」

 百合園は胸元の白衣の血に触れる。

「大丈夫なんですか?」

「応急処置はしてるよ。痛くないわけがない。けどこの位置なら人間は死なない」

 ガタリと列車が揺れる。

「気づいてたんですか唯愛のこと」

「…………怪しかったとは思ってたよ。けど確信はなかった。どうやったら天下の虚飾様がわざわざ一人の少年にご熱心だなんて想像できるの? 少年ってもしかして世界一の女たらしだったりする」

「いえ、一人だけです。もう……死にましたけど」

 喋ることがなくなって無言になる。窓ガラスに自分の顔が映る。皮肉げに口元が歪んだ気がした。

「ありがと……僕は生き残ってみせるよ。一人でも」

 僕はぼそりと鏡に向かって呟いた。日が昇っていた。ガタリと音がして列車が止まり扉が開く。百合園がゆっくりと立ち上がる。

「行こうか……少年」

 僕は頷き立ち上がり列車の敷居を越えた。約束の日まで残り二日。

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