第46話

僕は一度家に戻ってきた後、姉の家の一室で銃弾を小銃に込める。姉が隣の部屋でまだ寝息を立てているのを扉に耳を済ませて確認した後、家の扉を開ける。夜風が肌に当たる。約束の場所に向かう。ふと、センチメンタルな気分になって村の周りを歩く。今日で、姉とはお別れだ。

「……その行為に……何の意味がある?」

 冷やかな声、振り向くと唯愛が森の外れで誰かと喋っている。

「確かに……意味無いね。けど、私がちょっとだけ吹っ切れた」

 つばめの声。何をしてるんだ二人共。

「まさか……そのために利用したのか?」

 強烈な殺気を感じて僕はびくりと立ち止まる。唯愛は拳を握りしめて俯いている。つばめは小さくと息を吐く。

「利用なんてしてないよ。私の想いは本物だから。私は唯愛ちゃんに遠慮したりなんかしないよ。命短し恋せよ乙女って言うじゃん。……私の正義の邪魔するんだったら誰だって私の敵だよ」

 つばめが声を低くして言う。唯愛はただ呆然と立っていたが微笑。

「そうか……ならいい」

 唯愛は虚ろな瞳で言う。僕はその背中があまりにも寂しげでつい口が開く。

「何してるの? 唯愛、つばめ」

 僕が森に入ると、つばめがさっと目をそらす。

「いやいや何もしてないからッ鷹也! 何もしていない……から。おー、そろそろ時間だからさっさと路地裏行こ、どうせ百合園さんが待ってるよ!」

 つばめは僕の背中を押して前に進ませる。僕はちらりと唯愛の姿を見た。唯愛は僕を愛おしげにただ見ていた。なんとも言えない恥ずかしさを感じて、頭を掻いた。


「おっ、やっと来たね」

 百合園は小さな銀色の拳銃をくるりと回して言う。空を見上げると僅かに夜の闇が晴れてきている。時間だ。

「作戦は簡単で良いよ。二、二に分かれて、片側で門番の注意を引いて、もう片方で殺す。どう分かれる?」

「はいはい、私、鷹也についてく!」

 つばめが思いっきり僕の右腕を掴んでくる。

「浮かれて……失敗しないでね。死ぬよ」

「承知承知。もちのろんよ!」

 つばめは力こぶを自慢気に作る。唯愛と百合園はお互いに頷く。あちら側の方が生存できそう。

「決まりだな。僕らが注意を引きつける。……頼むよ隊長」

「うん、任せて」

 僕はこくりと頷く。唯愛は先程の盲目的な瞳はもう見せなかった。


 路地裏を走る。夜が明け始めたおかげで、一部のゾンビたちがノロノロと家屋に入り始める。人が居ないことを確認した後、大通りに出る。すぐさま家の屋根の下に隠れる。

「スパイミッションみたいだね」

 耳元でつばめが言ってくる。ちょっとこそばゆい。

「偉大な目的でもあればよかったけど」

「生き残るって凄い偉大スゴイ」

 僕は建物の壁面に沿って歩く。曲がり角で立ち止まる。女のゾンビが朦朧とした目で枯れた花にジョウロで水をやっていた。足音に反応して視線がこちらにむ――。

「先手必勝!」

 つばめが踏み込んで距離を詰めた。ゾンビは驚愕で目を開く、すかさず爪を一閃。空を切る。つばめはゾンビの背後に回り込みその頭を掴んだ。

「ほいさっ!」

 ゴキリと嫌な音が鳴り、ゾンビの首が百八十度回った。ゾンビはふらふらと目を回したようにした後、どさりと地面に倒れる。

「村で取得した必殺技。首を回す。相手は倒れる。私勝利」

 つばめは手を上げながら言う。僕はつばめとハイタッチ。そのまま門へと向かう。古びた家屋の裏から門を見る。門番であるゾンビの男が二人退屈そうにあくびをする。本当に人間そのものだ。僕は視線を低くしてナイフを取り出す。次の瞬間、心臓が跳び上がりそうな盛大な銃声が聞こえた。合図だ。門番のゾンビの視線が音源に向く。今だ。僕は近くのゾンビに接近。ゾンビの男はこちらを咄嗟に振り向く。けど遅い。僕はナイフを逆手に持ちゾンビの首に突き刺した。ゾンビの男は突き刺さったナイフを引き抜こうと手を伸ばし――同時に僕はナイフを横に一閃。鮮血と共にゾンビが倒れる。つばめの方を確認するとあっさりとゾンビの首をへし折っていた。

「つば――」

 つばめに近づこうとして――二度目の銃声が響いた。僕の目の前が真っ赤に染まった。痛みはない。ただただ困惑。眼の前の状況が理解出来ない。生暖かい血液の感触に戸惑いながら瞼の血を払い眼の前を見る。

「あっ……やっば」

 つばめは僕を見て苦笑い。ごぼりと血を吐いた。何で? 何でつばめの胸から血が出てるんだ?  どうしてそんな顔するの? つばめは僕の戸惑いに気づいたのか微笑む。突然、つばめは胸元を押さえながらその場から村に向かって歩き始める。僕は振り向く。包帯を全身に巻いた黒衣の誰かが屋根の上に立っていた。右手に握っているのは暗い硝煙を上げる長銃。ゆっくりと立ち上がり、真紅の瞳で僕を見て嗤った。背筋に悪寒が走り動けなくなる。怖い怖い。僕は確かにコノ存在にあったことがあった。何故、コイツがここに居る。僕を烏に入れた人、虚飾。

「ごめん……鷹也」

 つばめはボロボロの体で一気に疾走。一直線に虚飾に向かって走る。虚飾は続けて発砲。つばめは横に飛び退いて回避。弾丸が砂埃をあげる。

「やっぱ……化物じゃん。このメンヘラッ!」

 つばめは虚飾に向かって叫ぶ。家屋の窓枠を使って跳び上がり屋根に跳び乗った。背中から散弾銃を抜く。虚飾に向けた。

「心臓の直撃を避けた……流石だな……真正つばめ」

 虚飾は男とも女とも似つかないしわがれた声で言う。次の瞬間、つばめが引き金を引いた。鮮血が夜明けに咲く。虚飾は衝撃で屋根に倒れる。死んだのか? 僕は慌てて周囲を見渡す。無数の足音とゾンビの視線、時間がない。ピクリと屋根の上の死体が動いた。

「なーるほど、そりゃ余裕な……わけ……だ」

 つばめは苦笑い。口から血を零す。虚飾は血だらけのまま平然と立ち上がる。飛び散っていた血が次第に消えて包帯を巻いた存在に集まっていく。

「誰かに殺されのは三年ぶりだな。目が覚めた」

「……あっそ!」

 つばめは次々に散弾銃の引き金を引く。虚飾は即死級の散弾を危なげなく回避し徐々につばめから距離を取る。つばめはふらふらと膝をつく。全身から血が流れる。つばめは乾いた笑みを浮かべた。

「終わりだな」

 虚飾はポケットからナイフを取り出しつばめの頭を指す。

「キレ過ぎでしょ。やっぱ君のほうが馬鹿でしょ」

 つばめの吐き捨てた言葉に虚飾はただ耳を澄ませていた。

「元々計画のうちだ。確定した時点で実行するべきだったのに……私は。安心しろ。あれはただのきっかけにすぎない。貴様の判断ミスではない」

 虚飾はつばめに向かって刃物を突き出す。僕はただ呆然と見ていた。迫りくるゾンビの大群。つばめはもう死ぬ。唯愛は百合園はどうなったのだろうか。僕はどうなるのだろうか。虚飾の刃がつばめの眼球に突き刺さる。

「じゃあ! 今、ここで、ネタばらししても問題ないよね!」

 つばめは突き刺さったナイフを掴み。眼球から引き抜いた。飛び散った血が虚飾の目を潰す。

「ッ!」

 つばめは刃を一閃。虚飾は軽く身を引く。斬撃が虚飾の顔を覆う包帯を切り裂いた。


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