第38話
僕は早朝、ボロボロのベッドの上で一発一発、ゆっくりと弾丸を小銃に込める。重たい銃器を背負い直す。扉を開く前に、独房みたいな汚い部屋を見る。あの噂が嘘であれ真実であれここにもう戻ってくることはないだろう。
「さよなら」
僕は扉を開けた。後ろで扉が閉まる音が聞こえた。霧がかったガランとした街の通路を歩く。人の気配は殆どない。早朝の街は、いつもの世界に似ていて少しだけ落ち着いた。僅かな息苦しさを感じながら息を吸う。正門前で足が止まった。
「隊長は学習しないな」
「ここ、きっとそんなに悪い場所じゃないと思うよ」
「ハゲのおっさんが支配者とか身の危険を感じるし。きっと、くっ殺展開が日夜繰り広げられているはず」
つばめが頬をにやけさせながら言う。まったく嫌がってなさそう。唯愛は僕の前に立つ。
「それに最初から僕らの目的は楽園を探すことだ。偽物であっても調査は必要――」
唯愛が突然、言葉を区切って背後を蹴った。衝撃波で砂が舞い散る。白衣の女性が平然と唯愛の足首を掴んでいた。
「何やってるんですか? 百合園さん」
「いやー、相変わらず少年は面白そうなことしてるなと思って」
唯愛は不安定な体勢のまま左足で百合園に蹴りを放つ。百合園はあっさりと唯愛の足から手を離し後ろに下がる。唯愛は驚きながら百合園を睨む。
「鷹也の知り合いか?」
「……ちょっとだけね」
「酷いね少年。あんなに愛し合った仲だと言うのに」
百合園はまったく気にしてなさそうに肩をすくめ言う。つばめと唯愛の冷徹な視線が僕に突き刺さる。僕は何だと思われてるんだろうか?
「で、何のようですか?」
「少年、私も連れてって。きっと役に立つ」
「うーん、白衣の研究者……ヤバいヤバいよ隊長。私より賢そうだよ」
「乳牛より賢い人間などごまんといるさ。何の目的だ。付いていく僕が言うのも何だが、これは無謀だ」
僕は唯愛に睨まれ目を逸らす。分かってるよ。そんなこと。
「ふーむ、君も結構少年に振り回されてそうだ……それとも君が振り回してるかな?」
唯愛は冷めた目で百合園を見る。表情一つ変えない。
「僕は構いません。ただ命の保証はできません……から」
「そんなの百も承知。この世の何処にも生命保険が機能する場所はないよ」
百合園は冗談めかして言う。
「本当に奴は信用できるのか?」
森を北上していると唯愛が近づいてきて聞く。
「……大丈夫だよ。僕らと目的は違うけど、悪い人じゃない」
僕は土を踏みしめる。霧が次第に濃くなってきて足元に届く光が薄くなる。空を見上げれば、徐々に日が下がり、遂には帳が降りた。僕は適当な枯れ木にライターで火を灯して焚き火を作る。僕らは無言で火を囲んで座る。
「少年、君たちは良いチームだね。やっぱり、少年はこんな世界でも生き残りそうだよ」
「貴様が居なければなお良いがな」
唯愛は百合園を睨みつける。
「そう言わないでよ。私のお陰でゾンビを避けられてるでしょ」
唯愛は言葉に詰まる。実際、道中で百合園が誰よりも先に遠方のゾンビを見つけてくれたおかげで接敵を可能な限り回避できた。
「百合園さんって……もしかして名探偵」
つばめが目を輝かせながら百合園を見る。
「いーや――けど私天才だからね。大抵のものは理解できるよ」
「かっ、カッコイイ!」
百合園は眩しそうに目を手で覆う。うん、つばめは格好悪い。そんな日々が三日間続いた。僕らは坂道を登り遂に辿り着く。霧の彼方、低木の群れの中央に集落の影が見えた。
「人影はあるな。ゾンビかどうかは知らんが」
唯愛は目を細めて村を見る。僕はゴクリと息を呑む。この先に姉が居るのかも知れない。ようやくだ。ようやく僕の目的が――果たせる。頬が緩んだ。
「少年、顔が怖いよ」
「えっ! あっうん」
僕は言い淀む。そんなに怖い顔をしていただろうか。
「あーもしかして少年も、視線気づいた?」
百合園は何でもなさそうに指で誰も居ないはずの後ろの林を指差した。
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