第37話

 早朝、僕はあくびを噛み殺しながら市役所前に辿り着く。高層ビルの自動ドアの前に唯愛とつばめが屯していた。

「来なくても良かったのに」

 僕は苦笑して二人に話しかける。唯愛は膝のホコリを払って立ち上がる。

「そうもいかないだろう。隊長のことだ。あっさり殺されても可笑しくない」

「そそ。この街、ぜんぜーん信用出来ないしねー」

 つばめはジト目で高層ビルを見上げる。否定出来ないのが辛いところだ。

「じゃっ……うんっ護衛頼むよ」

「おけー」

 僕は自動ドアを潜る。閑散としたオフィスと窓ガラスから差し込む微かな陽光。僕は迷いなく受付へと向かう。担当の女性の目つきが僕を見て細まる。

「鏡音鷹也です。約束通り、姉のこと聞きに来ました」

「……後ろのお二方は?」

「護衛でーす」

「貴様らは信用ならん」

 つばめと唯愛が女性を見る。女性は冷や汗を掻きながら後ずさる。女性は受話器を取って何処かに電話を始める。

「名探偵の勘が言っている。コイツら何か怪しい?」

「当たり前のことをドヤ顔で言うな自称名探偵」

 女性は受話器を置くと、こちらを見てくる。

「一人だけなら付いてきても構いません」

「だそうだ……まぁ妥当だな。どちらが行く?」

「はいはい! 私私。だって私の方が格闘強いし!」

 つばめが右手をブンブンと振って言う。唯愛がじっとこちらを見てくる。

「じゃあつばめ、お願い」

「りょーかい!」

 つばめが敬礼する。唯愛が不満げに視線を逸らした。僕とつばめは女性に案内されてエレベータの前に立つ。

「市長の部屋は十二階です。十階までエレベータで登って後は階段で行きます」

「しちょーってどんな人なのかな。やっぱ――クソ野郎かな?」

 つばめが冷めた目で言う。女性は肩をびくりと震わせた。僕らはエレベータに乗る。ゆっくりと階数が更新され十階に辿り着く。無言で階段を登っていく。遂に黒い木製の扉の前に僕らは立つ。

「こちらが、市長の部屋です。ノックをし――」

「レッツゴー!」

「えっ!」

 僕が何か言う前に、つばめが回転蹴りで扉を開けた。人選を間違ったかもしれない。部屋の中に黒い高級そうな二つのソファが並べられ、正面にはオフィスチュアに一人の男が背中を向けて座っていた。それを囲むのは迷彩柄の軍服を着た男たち。僕らに向かって小銃の銃口を向けている。

「戦争でも始める?」

 つばめは散弾銃をくるりと回して微笑む。

「流れ弾で僕が死にそうだからやめてよ」

 僕は恐怖感を噛み殺してできる限りへらりと笑う。

「えー、隊長強かったじゃん」

 僕はつばめの軽口を交えながら、周囲の状況を観察する。護衛は四人か。勝てるか怪しいところだ。

「初めましてだな。鏡音鷹也君、あとそちらは真正つばめさんだね?」

 椅子に座っていた男はくるりと椅子を回転させこちらを向いた。黒のスーツとズボンを着たスキンヘッドの男。ほうれい線が目立つが不思議と老いを感じさせない。男は席から立ち上がり腕を後ろで組む。

「騎士団団長、蛇皮金次。覚えてくれると……幸いだ」

 蛇皮は銃を構えているつばめには怯まず僕の前まで来て手を差し出す。僕は手を握った。

「猿の討伐……ありがとう。君のおかげで人が救われた」

 感情の込もっていない平坦な声で蛇皮は言う。僕は無言で彼を見つめた。蛇皮はオフィスの窓ガラスを静かに見つめる。

「私、何か苦手かも」

 つばめが僕の耳元で言う。

「それで、僕がここに来た目的は知ってますよね」

 僕は一歩踏み出して蛇皮に近づく。軍人たちが姿勢を正す。蛇皮はゆっくりとこちらを見る。細い蛇のような獲物を値踏みする目。僕はごくりと唾を飲む。

「今一度、君の姉のことを教えてくれるかな?」

「鏡音飛鳥。黒髪黒目。右目の下に泣きぼくろがあります。年は僕と一歳違いです」

「――楽園の噂を知っているかね?」

 蛇皮はこちらを見て冷笑を浮かべる。僕は無言で頷く。

「いや、恐らく君が考えている楽園とは違う。遥か北にあるとされる聖地ではない。ここから森を抜けた先に集落がある。そこには――楽園があるそうだ。人ではなく死人の……な」

「あのゾンビ共に意思が残ってるとは思えませんけどー」

 つばめは両手を広げて言う。蛇皮は瞼を閉じる。

「その通りだ。だからただの噂だ。ただの噂だが黒髪黒目の美しい女性のゾンビがそこに居たらしい。右目の下に泣きぼくろのある――な。信じるに値しない噂だよ」

 僕は蛇皮をただ睨みつけた。暗くて底の見えない瞳からは何も読み取れなかった。

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