第34話
「皆、作戦の概要は分かっているな」
翌日、大講堂で僕とつばめ、唯愛はボロボロの木の椅子に腰掛けて壇上に立った一人の男を見る。スーツを着て、眼鏡をかけた如何にも賢さそうな奴。周囲を見渡すと筋肉質な屈強な男と嫌らしい笑みを浮かべた細身の男たちが居る。窓の外から叩きつけるような前の音が聞こえる。
「我々の任務はただ一つ! ネームドのゾンビ、モンキーの討伐だ。この街のために失敗はできない」
「御託は良いからさっさと始めようぜ」
後ろの方からやじが飛んでくる。眼鏡の男はふんと鼻を鳴らす。
「分かっているさ。最初からそのつもりだ。目標対象は幽霊列車に居る」
「幽霊列車だとぉ! 最近、嫌に死体共が多いと思ったら列車が来てやがったのか!」
スキンヘッドの男が椅子から立ち上がる。
「つい数日前だがな。それまでは近辺を周回していた。今は南部にある東海道の森に停車している。報告者は一人。他はゾンビになって奴らのお仲間になったらしい」
男はにやりと皮肉げに笑う。スキンヘッドの男は冷や汗を流しながら席に座り直す。
「予想通りと言うべきか……幽霊列車の周囲には無数のゾンビが居る。概算千体以上は――居るな」
誰も何も言えなかった。一人で一体相手にすることさえ危険な存在なのだ。それが千体、尋常ではない。男は壁に地図を貼り付ける。
「当然正面からは戦わない。作戦を練る。陽動と討伐隊による一点突破だ。討伐対象はモンキーのみ。奴を討伐し次第、撤退する。陽動隊は前衛と後衛に分かれて北側から南下する。討伐隊は南部から北上しモンキーを狙う。文句のあるやつは居るか! 居ないなぁ! これから配置を決める。まず――」
「お、俺は後衛にいくぜ。うちの部隊は昔っから狙撃が得意でよ。鈍い死体の頭なんて簡単に飛ばせるぜ」
「いーやぁ! 俺たちだねぇ! 実績がちげーんだよ! 後方支援だった俺たちが適任だ。安心しろてめぁらの背中は守ってやるから」
ガヤガヤと周囲で俺が後衛だ俺が後衛だと醜い争いが繰り広げられる。
「何、このシチュエーション。超楽しそう!」
つばめが頭の上で手を組みげらげら笑いながら言う。何処が? カオスだ。こんな状況じゃ、勝てるわけがない。僕も何か言わなくちゃ。どうにかしなくちゃ。突然、隣で鋭い音がなった。喧騒が一瞬で静寂に変わる。僕の隣の席の人物に全員の視線が向く。唯愛はボロボロの木の机の上に足を乗せていた。ゴミを見るような目で男たちを一瞥。男の一人が唯愛と目があって頬を赤くして目を逸した。
「馬鹿馬鹿しい、嗚呼、まったく馬鹿馬鹿しい。雑魚は後ろで引っ込めば良いさ。僕らは――」
唯愛はポケットから取り出したナイフを地図に描かれた森の南に正確に突き刺す。討伐隊だ。
「さっさと猿を殺して帰る。無意味な戦いは早々に終わらせないとな」
唯愛は獰猛な笑みを浮かべた。
「本当にここで良いの?」
決行の日、僕らは森林の一角で座り込む。微かに霧を貫く朝日が昨夜の雨粒を光らす。僕らのいる場所は列車の東側。唯愛は長銃に弾を込める。
「ここが妥当だろう。西側でも良かったが、高所はこちらだ。隊長、まさか僕が馬鹿正直に南に行くと思っていたのか?」
「うっ?」
「敵に位置が最初からバレてるなど恐ろしすぎる。そのために単独行動をしても問題のない討伐隊を選んだ」
「さっすが唯愛ちゃん。無脳な味方が一番怖いって言うしね」
つばめは散弾銃を木に向けて言う。
「自己紹介か?」
「ふっ、真の天才は無能のふりをするものさ」
つばめは髪をかきあげて言う。これから死ぬかもしれない戦いに挑むのに不思議と恐怖感はなかった。彼女達のおかげだ。僕は深呼吸をして立ち上がる。
「行こう」
二人が無言で同時に頷いた。僕らはぬかるんだ山道を駆け下りる。耳を澄ませるとゾンビのうめき声が聞こえる。枯れ木を踏みつけて跳んで着地。
「見えた! 前方、左。本当に列車……だ」
十六両に及ぶ煌々と光る鉄の車体を動かしながらそれは停止していた。電気なんて何処からも供給されていないにも関わらずだ。鼓膜を突き破る銃声。僕は慌てて泥濘んだ土を踏みしめ急停止。目を見開く。北側で銃声とマズルフラッシュが連続して発生。ゾンビの大群は未だ列車の周囲をゆっくりと徘徊している。
「同士討ち!?」
「当然の帰結だな。誰も人柱になどなりたくはないということだろう」
唯愛は滑り降りながら木々を器用に避ける。つばめは枝木を散弾銃の銃身で叩き割りながら斜面を下る。緊張で心臓が破裂しそうだ。銃声が連続して反響。精神が追い詰められ視界が狭まる。呼吸が荒くなる。平地に降りた。根本から崩れ落ちた建物の山が視界を潰し僕らを圧倒する。僕は必死でつばめ達についていく。ビルの隙間から銀色の蛇のように長い車体が見えた。窓ガラスの隙間からゾンビが見える。銃声が次第に止んで来る。駅に突入。改札を飛び越え階段を駆け上がる。あまりの光に目がくらんだ。見慣れない列車が静かに停車していた。足元には無数の弾丸と銃器。コロコロと薬莢が床を転がり止まった。誘うように音を立てて扉が開く。車内に充満していた煙が外に漏れ出る。二両の列車から四メートル近くはある二体の巨躯がそれぞれ現れた。
「見たこと……ある」
眼の前で死を認識すらできずに頭をもぎり取られる男の姿。金縛りにあったように体が動かくなる。動け動け。そうじゃないとつばめが、唯愛が死ぬ。
「へいへーい、お兄さん大きいねぇ!」
つばめは牙を剥き出しにして口元を歪める。散弾銃を右のゾンビに向けた。
「肉だるまか……不味そうだな」
唯愛は長銃をゆっくりと下ろし左のゾンビに向けて構えた。
俺は左に踏み込み、疾走。
「先手必勝ぉ!」
落ちていた短機関銃を拾い肉だるまに向かって掃射。ゾンビの巨体は腕を振って走る。地ならしを起こしながら銃弾を回避。
「期待外れだ。止まって見える」
唯愛がため息交じりに言う。次の瞬間、ゾンビの右の足首が弾けた。遅れて銃声。俺は落ちていた長銃を拾い踏み込む。
「死ねやァァァァァァァ!」
槍の如くゾンビの右足に鉄の塊を突き刺す。銃は肉を抉り地面にゾンビを繋ぎ止める。ゾンビはすかさず足を引きちぎろうと身を捻る。
「いい子だ。鷹也」
唯愛の心の底から凍えるような声。ゾンビの頭が吹き飛ぶ。首から鮮血が噴出。
「こっちも終わりっと!」
陽気な掛け声と同時に三度の銃声。僕が頭を振って見ると、つばめが血だらけの髪を濡れた犬の如く振るい血を振り払っていた。僕は死んだふりをしていないか怖くなってゾンビの死体を強く銃床で打ち付ける。乾いた音だけが静寂に響く。煙を漏らしながら列車が僕ら誘っている。
「猿は何処?」
「さぁな。ここまでご丁寧なんだ。僕らを歓迎してくれるんじゃないか?」
唯愛は嘲笑する。
「いや、絶対待ち伏せ確殺行動でしょ。こんなの。食虫植物より頭悪い」
「ほぉー、猿のゾンビも食虫植物という言葉を知っているとは、知能の高さは折り紙付きだな」
「……つばめちゃんは賢いから怒らない。怒らない。死ね!」
つばめは唯愛をじと目で睨みつけて車内に入る。僕らも続いて入る。ガランとしたロングシート。手すりがぷらぷらと過去の振動に振られている。僕は横を振り向く。何も居ない。嫌な予感だけが背筋を這う。真上を見た。二つの眼球があった。血に飢えた血走った眼がぎょろりとこちらを覗く。身長は僕より少し高い程度。全身を覆う黒焦げた毛皮。そして灰色の掌。にやりと涎を垂らして笑った。
「オマエ……危険ダ?」
「えっ!」
猿が人語を喋る。次の瞬間、猿の拳が眼前に迫る。僕は咄嗟に腕を組んで衝撃に備える。
「鷹也ぁぁ!」
横から声が聞こえた。骨が折れそうな拳による強力な一撃。体が宙に浮き、勢いよく列車の外に放り出され壁面に激突する。
「げっほ、クソ野郎がぁ! ニンゲンモドキが調子に乗んなよ!」
俺は痛む右拳を握りしめる。車内から銃声が連続して聞こえる。猿は危なげなく車内から出て天井を掴む。ガコンと音がして列車の扉が閉まる。音が鳴り響き列車が動き始める。猿はそのまま天井に着地。
「猿様よぉ。俺は結構根に持つタイプなんだ。勝ち逃げさせるかぁぁぁぁ!」
俺は全速力で列車に接近。猿は突如、拳銃を抜き放った。俺は銃口を見つめる。三度引き金が引かれた。俺は最小限の動きで身を反らして弾丸を躱す。足元に着弾。距離が縮まる。列車の最後尾が近づいて――。
「逃がすかァァァ阿呆猿!」
俺は跳躍して列車の屋上を無理やり掴む。強風で力が抜けて地面に落とされそうになる。俺は腕が千切れそうになりながらも列車の上に登り立った。前方車両に拳銃を構えた猿が立っていた。
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