第33話

 僕はきしんだベッドに寝転がりながら一枚の紙切れを見る。古臭い妙に斜に構えた字体の文が書かれている。内容はただ一つ、ネームドであるモンキーの討伐への参加。都合の良い話だ。今までずっと特に利得もなく働かせ続けてきてこの命令。紙をくしゃりと軽く握りつぶす。ここは楽園などではないと嫌でも認識させられる。

「けど、やるべきことは決まってるだろ」

 僕はベッドから立ち上がり、洗面台で蛇口を捻り水を流す。顔を洗った。できる限り自然に、自分が想像する最も交渉を上手く進められる人格を創り出す。無表情な自分の顔が鏡に映る。

「俺は姉さんを探すんだ」

 僕はさっさと着替えて部屋を出た。

 

「たけぇー、落ちたら死にそっ」

 紙に書かれた送り先に辿り着いた。できるかぎり馬鹿そうに声を出す。僕は顔をあげて建物を見上げる。ガラス張りの真新しい白亜のビル。それが奇妙な違和感を感じさせる。これだけ綺麗で新しいビルなど――本来はないはずだ。四年前のあの日、確かに世界は終わったのだから。僕は自動ドアをくぐった。近代的なオフィスビルで横を見れば座り心地の良さそうな水色の長いソファが並んでいる。僕はちらちらと部屋を見て浮かれるのをやめて、受付に向かう。

「ようこそ。本日はどのようなご要件でしょうか?」

 お姉さんが笑顔でこちらを向かって話かけてくる。僕はできる限り不機嫌そうな顔をして送付された紙を台の上に叩きつける。周囲の視線が一気に僕に向く。帰りたい。

「鏡音鷹也だ。こんなもんが送られきたんだが?」

 僕は怒気を滲ませて口を歪める。女性の肩の一瞬だけびくりと震える、がすぐに咳払い。

「召集令状ですね。名古屋市のちょう若者……全員が対象となります。誠に申し訳がございませんが……拒否することは難しいです」

「あのなぁー」

 僕は大きくため息をつく。

「誰がこんな市の市民だって? 道を歩けばよく分からん薬物決めた宗教狂いが蔓延るし、蛆虫の如くゴミ溜まりに発生する浮浪者共も居る。両方別の意味でクセェよ。毎日毎日、外出だぜ。小学生じゃねぇんだから家で遊ぶぐらい許してくれよ。しかもお使いの場所は病院、病院、病院。マジ殺意たけぇーよ」

 僕は言い女性を見下す。顔が青ざめている。心が少し傷んだ。

「し、市民としての義務ですねので……その、貴方の能力を見込んで……遠征先を選ばれてるのだと」

「体よく利用してるだけだろ。俺は逃げるぜ」

 僕は紙を置いてビルから出ていこうとする。

「ちょ、調達班の方が逃げるんですか? 周りの皆さんが犠牲に……なります。貴方の大切な人も」

 女性が健気にも僕に声を張り上げる。僕は立ち止まり、無言。そして一気に振り返る。

「誰だよ大切な人って……? 恋人、友達か? そんなものクリスマス前にも居ねぇよ。生憎、俺は悪い子だからな。家族は今、探してる。姉だ。黒髪の長髪に、黒い瞳。右目の下の泣きぼくろが特徴。てめぇらはいつもいつもくれくれ言ってくるからなぁ、俺が一度ぐらい情報くれって言っても快く答えてくれるよな」

 僕は女性を睨みつける。

「えっえとぉ。あの担当者に問い合わせますね」

「良いよ。お前が担当者で」

 僕は拳銃を抜いて受付に突きつける。周囲から席を立ち上がる音。一瞬即発の空気。

「わ、分かりました。待ってください……やり……ます。ご家族の方のお名前を教えていた……だけますしょうか?」

「鏡音飛鳥、年齢はたぶん二十歳ぐらいだ。しっかり探せよ。死体でも何でも良いから見つけろ。代わりに俺が猿と戦ってやるよ。俺は強いからなぁ。見つけられなかったら、そん時は覚悟しとけよ」

 僕は拳銃を構えていた背後の男女を見下す。過半数の手が震えていた。上手く騙せたようだ。自動ドアをくぐって僕は呆然と立ち止まる。

「ハローハロー!」

 つばめがぶんぶんと手を横に振る。横に立っていた唯愛はそっぽを向いている。

「二人共。何で来てるの? 逃げるんじゃ……」

「隊長が参加するなら私も参加しますー! 隊長一人だと不安だし。な・に・よ・り・もー、迫るくる強大な敵。それに立ち向かう私。格好いい! それでこそ真正の名探偵たる私。何より勝つともっと格好いい!」

「馬鹿なのか貴様? これから死ぬ奴らしかお前など見ない。というか暇でも誰が貴様の活躍など見るか」

「えーー、じゃあ唯愛ちゃんみたいに愛する隊長のためとか言ったほうが良いのぉー。キャー、恥ずかしいッ!」

 つばめが顔を手で大げさに覆い隠す。

「ぎゃっ!」

 唯愛がつばめのすねを蹴る。

「あの馬鹿の話を真に受けるなよ隊長。僕は僕の目的のためにここに残るだけだ」

 僕は視界が霧で霞んでいることに気づき、瞼を拭う。さっきまでの強気な表情や暴力性など保っていられなかった。

「ありがとう、みんな」

 僕は言った。


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