第32話
「ねぇ……最近僕ら戦うこと多くない?」
僕は壊れてしまった銃を土瀝青に放り投げる。唯愛は動かしていた足を止める。
「週一が毎日になった。勤勉だな」
「望んでませーん。まっ、街に居ても憂鬱なだけど」
つばめは散弾銃を肩にかけて言う。
「ねぇ、隊長あの噂聞いた?」
「噂?」
聞いたことがない。僕は眉を顰めてつばめを見る。
「モンキーだよ。ネームドネームド。騎士団の人、殺されてるんだって」
「本当か?」
唯愛が立ち止まり驚いた声で言う。
「ネームドって何?」
「……烏が確認している変異種のゾンビ共だ。個体によってはインテリジェントなど比にならない人間と遜色ない知能を維持している。エンジェル、バード……その他色々だ。その中に猿が居る」
唯愛は歯噛みしながら言う。
「あれって烏発祥だったんだ? 全国的に知られてなかったけ?」
「隊長、逃げるぞ」
「えっ!?」
唯愛は僕を正面化から見つめる。
「猿はネームドの中でも最も危険な部類だ。面倒になる」
霧が微かに蠢いた。
僕は灯りがまばらに灯った街を歩く。夜はもはや人の時間ではない、それはこの街でも変わらないらしい。大通りには人が見当たらない。たった一人の人物を除いて。チカチカと光り、虫を寄せ付ける街灯に百合園は背中を預けていた。左手でパラパラと紙束を捲っている。
「何見てるんですか?」
僕は百合園に近寄り話しかける。百合園はちらりとこちらを一瞥、紙に視線を戻す。
「論文……ここの研究者に用が会ったから来たんだけど。多少は役に立つかも……ね」
百合園はため息をつく。どうもあまり役に立つと思ってないらしい。
「百合園さんってテレビに出たことありますよね」
「私の黒歴史抉んないでよ。天才科学者なんて世界を知らない子供の戯言だから」
百合園は苦笑する。
「で、少年は何か困りごとかな。夜、出歩くと危ないよ」
「知ってます……ネームドの噂?」
「猿でしょ。聞いた話によるとあれって本物の猿らしいね。Iウイルスに感染して適応した猿。突然変異の連打はほどほどしてほしいね」
「百合園さんは……その……逃げるんですか? そんな強いゾンビが居るんだったらここは危険ですよ」
「危険なのはいつものこと。逃げたいのは山々だけど――まだここで知りたいことがあるから残るよ。少年は?」
僕は言葉に詰まる。
「悩んでます。仲間のその、頭の良い仲間は逃げるべきだって言ってて、僕も正しい判断だと理解している」
百合園は僕の頭にぽんっと手を置く。
「けど納得していないと。青春だねー。お姉さんもそんな子と一緒に生きたかったよ」
僕は気恥ずかしくなって目をそらす。
「姉を探すって決めたんです。手かがりなんて碌にない。けどこの街のヒーローになれば――道が見えるかなって、少しだけ思ったんです」
「傲慢……だね」
「ですね。無理なのはずっと知ってるんです」
その通りだ。傲慢極まりない。
「けど、良いんじゃない。使い古された言葉を使うけど、少年は少年がやりたいことをやったら良い思うよ。例えば、そうだねー。報道されてないから知らないかもしれないけど天才少女、病んでたしね」
「えっ!」
「病んでた病んでた。そりゃもう病みまくりよ。人の視線はうざったいし、小学校ではいじめられるし、嫌なことばっか。んで、テレビに出たら満面の笑み。そりゃ病むよ。それでもあの頃の私はね。両親が喜ぶ顔が見たかったの。だから別に後悔はしてないよ。二度とやるかっとは思ったけどね」
百合園は遠くを見つめながら苦笑する。彼女は左手でペンダントを失うまいと強く握っていた。
「だから後悔しなかったらそれで大丈夫。なんたって少年はまだまだ若いからね」
「……百合園さん何歳なんですか?」
「女の子に年は聞かないでよ」
百合園は紙束を丸めて白衣のポケットに突っ込む。百合園は僕に背を向けて何処かへと行った。僕は元来た道を戻る。やるべきことは決まっている。僕は姉を探す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます