第29話

 僕は止めようと手を伸ばすが間に合わない。壁面が崩れて破片が地面に落ちる。愛絆の顔の真横の壁面が唯愛の蹴りで木端微塵になっていた。

「鷹也の願いならば――仕方ないな。ガキ、敵は何処に居る?」

「えっと、えっと案内し……ます。助けてくれる……んですか?」

「僕じゃなくて鷹也が助けたいと言っているからな。僕はごめんだが」

 唯愛は背を向けて言う。

「わ、分かりました。そのお願いします。私を、私を助けてください」

 愛絆は唯愛の背に向けて頭を下げた。

「隊長、今夜潰そう。僕は不快だ」

「唯愛ちゃん、怒りすぎでしょ? 私達のたかやんを誘惑されて怒っちゃった?」

 つばめは唯愛の頬をツンツンと突く。唯愛がつばめに何か言うと、びっくとつばめが震えた。

「こっわー、唯愛ちゃん怖い。女の子に嫌われるよー」

「だっそうだから。今夜助けるよ。大丈夫。僕は……分からないけどあの二人は強いから」

 僕は愛絆の頭を優しく撫でた。背後で壁を蹴る音が聞こえた。唯愛は未だに腹を立てているらしい。


「これで最後……か」

 僕は最後の弾丸を小銃に込めて呟く。夜の寒さが身に染みる。空には霧がかかった三日月の姿。大通りを歩き目的の場所に向かう。街の一角にある枯れ木が立ち並んだ不気味な場所。足で踏むと泥が地面に沈み込む。水はけが異常に悪い。切り株に座っている三人の少女の姿が見えた。

「時間どおり……だよね?」

「僕は暇だから先に来ただけだ」

「私は事前偵察。ちゃんと確認しておかなきゃね」

 つばめは自慢気に言う。

「隊長、そいつは僕についてきて遊んでただけだ」

「ひっ。ひどい! 私ちゃんと役に立ってたじゃん。鍵開けたじゃん」

「貴様のせいでバレそうになったがな。隊長、敵は七人の男だ。如何にもというスキンヘッドの男も居たな。後は侍らせている汚らしいそこにいる女の同類だ」

 唯愛は冷酷な視線で愛絆を見る。愛絆は丸まって何も言わない。唯愛を随分と怖がってるらしい。

「いやー典型的な悪人で良かったー。これで実は……両親がゾンビ化して世界の闇を知りこの世に蔓延る真の悪を打倒するために組織を結成した……とか言われたら、ちょっと罪悪感感じるかも」

 つばめは散弾銃をコッキングして言う。全員、準備はできたようだ。

「行こう」

 僕はそう言った。痛まない心などないと知りながら。


 僕は枯れ木の裏から掘っ建て小屋をちらりと見る。中には七人の男。耳を澄ませると微かに笑い声が聞こえてくる。楽しそうで何よりだ。僕は木の裏に隠れているつばめと唯愛に行動の合図を送る。唯愛は正面から扉に疾走。僕は慌てて唯愛を追いかける。唯愛は間髪入れずに蹴りを繰り出した。木の扉が木端微塵に砕け散り内部が明らかになる。唯愛の報告通り七人の男が体格に似合わない小さな椅子に座っていた。床を酒瓶が転がる。そしてすみで蹲っているボロ布を着た少女の姿。感情が消えるのを感じる。男たちは僕らに気づき、勢いよく椅子から立ち上がり側においていた銃を拾う。

「なっ、なんだてめぇら! 人様の家に勝手に押し入りやがって」

 男は唯愛の眉間に銃口を突きつける。

「屑に人権はない。居住権も当然なし」

 唯愛は銃口を向けられているにも関わらず堂々と前に進む。唯愛の右手には小さな回転式拳銃だけ。唯愛の正面に座っていた男がゆっくりと椅子から立ち上がる。大柄なスキンヘッドの男で、襟元から龍のタトゥーが見える。

「まあぁ、そう慌てんなよ。お前ら。ようこそ麗しいお嬢さん。ここはラムダ。女を売る場所だぜ。あんたみたいな貴婦人のお気に召すとは思わねぇが、要件はなんだ?」

 男は唯愛を睨みつける。

「僕は君の命を買いに来たんだ。もちろん、タダで頼む」

「ふふふ、ははははははは! 最近のお嬢さんは生きが良いね。この俺の命を貰いに来ただぁ。八咫烏の幹部の一人である元治様の命をか?」

 八咫烏!? ということはこの元治という男も唯愛やつばめと同レベルの化け物。元治はゲラゲラと腹を抱えて爆笑する。それにつられて他の男たちも笑った。唯愛は無言で元治を睨む。元治は次の瞬間、つばめに拳銃の銃口を向けた。銃を取り出す瞬間が見えなかった。

「まぁ、今回の狼藉はそこの可愛らしい女の子で勘弁してやるよ。お嬢さんは帰っていいぜ」

「――挙句の果てに僕をバカ犬以下……か。粛清が必要だな」

「あんまり舐めてると痛い目見るぜ、お嬢さんッ!」

 元治は右腕を大きく振るい唯愛の顔面を殴りつけ――唯愛は平然と元治の横を通り過ぎる。左手には銀色に輝くナイフ。血がぽたりと床に垂れる。

「烏に雑魚は必要ない。美学の欠片もない阿呆に価値など――ない」

「あっ、うわああああ! あれっ? 俺、俺の腕、うでぇぇぇ」

 元治は半ばから切り落とされた自身の右腕を探し地面に落ちていることに気づく。切断面は機械で切ったかのように滑らか。一斉に唯愛に向かって周囲の男たちが銃口を向ける。

「じゃあ、私も混ぜてねッ!」

 つばめは散弾銃を背中から抜き放ち近場に居た男に発砲。同時に男たちが唯愛に向かって射撃。銃声の後、部屋の中央には誰も居なかった。代わりに一人の男の背後に唯愛の背中。

「彼の死に様は少しはマシだな」

「えっ」

 次の瞬間、男の首はあっさりと切断。血が噴水の如く噴出。

「僕は常々銃で殺すのは味気ないと思っている。殺した感覚がしないからな」

「死ねぇぇ!」

 突然、つばめが雄叫びを挙げながら唯愛に近づいた男に向かって発砲。唯愛は男の襟元を掴んで盾にする。

「あぐっ」

 男はうめき声を上げ死亡。唯愛は男の死体を床に捨てる。

「つばめ――僕を殺す気だったろ?」

「いやー失敗失敗!」

 つばめは頭を掻く。二人の視線が鋭く交差。

「うああああ!」

 一人の男が正気を失ってつばめに掴みかかる。つばめはちらりと見ると散弾銃を放つ。男は銃の衝撃で吹っ飛び血だらけになって床に倒れる。僕は男たちに気づかれないように隅で蹲っていた少女に近寄る。もう一人の男が短機関銃を唯愛に向かって掃射。唯愛は転がっていた死体を盾にして防ぐ。右手でナイフを投擲。男の東部に突き刺さる。

「大丈夫だよ。外に出て!」

 少女はブンブンと頭を縦に振り、壊れた扉を踏み越えて出ていく。

「お前が、お前は許さねぇぇぇ!」

 背後から声。咄嗟に振り向く片腕を失った元治がナイフを持って振りかざしていた。殺される――前に俺が殺す。持っていた小銃を男の顔面に向けて引き金を引く。銃声と同時に男の顔に風穴が開いた。僕は呆然と倒れた男の姿を見る。頭部からどくりどくりと血が溢れ出る。初めて本屋で人を殺したときより喪失感がなかった。手で口を覆う。ぐちゃりと音がする。唯愛が僕の目の前で男の頭を冷酷に踏みつけた。

「どろんこ遊びは駄目ですよー唯愛ちゃん」

「黙れ殺人鬼が。僕を殺そうとしたこと、後で絶対後悔させてやる。覚えておけ」

「偶然偶然ー」

 つばめは散弾銃を背中に背負い直し僕の顔を見て首を傾げる。

「どうしたの……隊長?」

「いや――何でもない……よ」

 僕は首を振る。嗚呼、屑を殺すってこんな気分なのか。


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