第28話
僕は汚い廊下を一歩一歩、歩き看守の男についていく。廊下の先に光が見えた。あまりの眩しさに腕で光を防ぐ。世界が光に満たされた。白い視界は次第に輪郭を持ち街の形を作る。行き交う人々の他愛のない雑談。それが酷く懐かしく感じた。
「次回の調達は一週間後だ。せいぜい生き残れるように努力するんだな。この殺人鬼が!」
看守は僕の背中を乱暴に蹴りつける。何も食べてなかったせいで抵抗できずにそのまま地べたに倒れる。足音が離れた。代わるように二人の分の足音がこちらに近づいてきた。
「おー、おー、隊長こっぴどくやられたね?」
「あの看守、僕が殺そうか?」
「やめてよ物騒なのはもうごめんだ……けど、ありがとう」
僕は砂利を両手で押して立ち上がる。つばめと唯愛が立っていた。
「嬉しいことに次の調達は僕らがそのままチームらしい。僕に面倒をかけるなよ、つばめちゃん」
「仲間殺しに迷惑とか言われたくなーい」
つばめは大げさに顔をしかめる。
「適当に寝る場所でも探そうか?」
「了解」
「おけぇー」
僕らは路地裏へと入る。悪臭に僕は鼻を手で覆う。毛布をかけた老人が地面で蹲っていた。皮膚が緑色に変色している。
「楽園だとさ?」
唯愛は皮肉交じりにくすりと笑う。
「もう……やめてよ。分かってるよ。ここが楽園じゃないことくらい」
僕は無言でこちらを睨んでくる浮浪者の集団を見る。結局、社会があろうが状況が絶望的なのには変わりない。
「あ、あの!」
声が聞こえて振り返ると、ボロ布を着た少女がおどおどとした瞳で僕を上目遣いで見てくる。黒髪長髪の美少女で右目の下に可愛らしい泣きぼくろがある。僕は姿勢を下げて視線を合わせる。
「どうかしたの?」
「え、えっえと」
少女はもじもじと指を動かし始める。意を決したのか勢いよく顔をあげ、僕の腕に抱きついた。柔らかな双丘が腕に押し当てられる。どういう状況!?
「あ、あっ、愛絆と――ギャッ!」
震える声で少女が何かを言ったかと思うと――叫び声に変わった。スローモーションの視界の中で、少女の顔面に黒いローファーが触れ凄まじい圧力でめり込む。瞬きの後、少女は轟音とともに壁に激突。僕は恐る恐る伸びている足の正体を確認する。唯愛が腕を組んでこちらを見る。
「すまない。足が滑った」
「絶対故意だよねッ!」
僕は唯愛は放っておいて急いで倒れた少女のもとに向かう。
「うえぇ……ひっぐ、痛い痛い」
「ご、ごめんね」
少女は鼻血を流しながら泣きじゃくっていた。僕は急いで治療しようとポケットを漁るが何もない。背嚢も銃を没収されてしまっている。どうしたものかと慌てていると、地面に包帯がパサリと落ちる。唯愛だった。本当にどういう意図で蹴ったのだろうか?
「ちょっと、じっとしててね」
僕は少女の泣きじゃくる顔に包帯を邪魔にならないように巻く。少女も痛みに慣れてきたのか、鼻をすするだけとなった。気まずい。
「唯愛ちゃん駄目だーよ。ちゃんと待てしなくちゃ」
つばめが小馬鹿にした声で言う。
「僕は犬じゃないぞ、馬鹿が。仲間の匂いも判断できないのか?」
「私も犬じゃないから!」
つばめは不満そうに吠える。僕が呆れて二人の様子を見ていると、何故か少女はまた涙を眼に貯め始める。
「本当にごめん……」
「うぐっ、違うんです。ごめんなさいごめんなさい。私が悪いです。その人達は、ひぐっ、ただひくて――わたひが悪いです」
泣きじゃくりながら少女はそんなことを言った。
「闇が深いね」
僕は少女、愛絆の話を聞いた後、そうため息をつく。愛絆は売春婦で僕を誘惑して金を奪おうとしたらしい。そしてそれを察した唯愛が顔面に蹴りを叩き込んだ――どう考えても制裁が過剰だ。
「ごめん……なさい」
愛絆は膝を抱えて未だに泣きじゃくっている。
「別にあんまり気にしてないよ。生き残るためでしょ。だから仕方ない。僕が死んだわけでもないし……えーと、親は?」
「死にました。眼の前でゾンビになって、うめき声あげて私を――食べようとしました」
僕は何も言えなかった。僕の両親はどうしてるだろうか……碌な人間じゃないからどうでも良いか。
「何か共感。私も昔、そういうお仕事に誘われたことあったよー」
つばめがウンウンと頷く。
「犬には適切な仕事だな。股開くだけで金が稼げるぞ」
「そんなはした金いらない。私は価値の高い女なの。名探偵だからね」
つばめは謎のドヤ顔をして唯愛に反論する。
「んで、名探偵だから――困っている人は見捨てないの! てっことで隊長、愛絆ちゃんを助けてあげようよ」
「却下」
「唯愛ちゃんの意見は聞いていませんー」
つばめは頬を膨らませて言う。僕は迷う。銃も何もかも奪われた状況で犯罪組織と戦うことなどできるだろうか。
「銃器は私が街の外から拾ってくるから安心。実は抜け道を見つけてるのです!」
「……ガバガバだね」
「真正ちゃんが凄いとは思わないのかね?」
つばめは胸を張って言う。僕はちらりと唯愛の顔を見る。唇を噛み締めて眉間にシワを寄せ愛絆を睨みつけていた。僕とつばめが居なくなったら殺してしまいそうなほどに。唯愛は僕に視線に気づいたのか、そっぽを向く。
「殺さないでね、唯愛」
「――隊長がそう言うなら」
唯愛は不満そうに言う。
「隊長が言えば、唯愛ちゃんも協力してれるよね?」
「…………」
唯愛は無言でつばめを睨みつける。僕は重い腰を上げる。
「愛絆を助けよう。きっとそれでここが楽園じゃないことに納得できる」
「そうか」
唯愛は無言で愛絆に近づく。愛絆はびくりと体を震わせる。唯愛が突如蹴りを愛絆に放つ。
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