第25話

 

「敵だ! 犬飼さんがッ――クッソ、雑魚が死んだあぁぁぁ! 糞がッ!」

 俺は舌打ち混じりに咄嗟に叫ぶ。遅れて轟音が鳴り響く。周囲を見渡す。敵は見えない。

「ひぎぃぃぃぃ!」

 獣のような鳴き声が聞こえ、破壊音。すかさず視線を向ける。通常の人間の体の二倍の高さ、太さ。筋肉質な体。瓦礫の隙間からその姿が見える。明らかにそこら辺のゾンビとは異質。壊れた壁面から無数のゾンビ達が出現。俺は獰猛な笑みを浮かべる。

「今回は楽しめそうだぁぁぁ」

 小銃の引き金を引く。弾丸がゾンビの足元に着弾。

「助けてぇ! 鷹也さん、助けてえぇぇ」

 ちらりと視認。狐坂が足をゾンビに掴まれていた。俺は冷めた視線で狐坂の目を見て逸らす。

「嫌だァァァ、ゾンビにゾンビになりたくな――いぃぃ」

 泣き叫ぶ声が絶叫に変わる。銃声に惹き寄せられてきたゾンビたちが狐坂の皮膚を肉を引きちぎって口に含む。あの様子だとゾンビ化は免れないだろう。狐坂を襲っていたゾンビの一群がこちらに突撃してくる。

「デカブツの相手で忙しいだが――なぁ!」

 俺はゾンビをギリギリまで惹き寄せ腹を蹴り潰す。ゾンビは空中で静止し崩れ落ちる。近づいてくるゾンビの頭を小銃を発砲して次々と吹き飛ばす。きりがない。巨大な影が眼前に出現。肥大化した筋肉と赤黒い体。小さな眼球。こういうのをつぶらな瞳って言うのか? ゾンビは右拳を握り俺の頭をかち割ろうと殴りつける。俺は軽くバックステップ。眼前で暴風が吹き荒れる。当たったら即死。ゾンビは肉体の巨大さに似合わぬ俊敏さで拳を振る。俺は次第に壁に追い詰められる。ゾンビが地面に拳を振り下ろす、俺は小銃でゾンビの頭を射撃。飛び散った瓦礫が頬を掠める。次の瞬間、ゾンビは瓦礫を平然と突き破りこちらに猛進。

「なっ、この肉だるま弾丸通ってねぇ!」

 頭部から血が垂れているが痛がっている様子なし。俺は記憶を探り一つの解決策を思いつく。一直線に目的地に向かって喋る。変色した皮膚の狐坂が俺に手を伸ばす。躊躇いなくその腕を踏みつけ目的の物を回収。銃器に取り付けられていた鋭利な銃剣を右手で握る。

「通らないならなぁ、穿けば万事解決!」

 俺は刃物の先端を舌で舐め、足で地面を砕かんばかりに踏み込みゾンビに向かって直進。ゾンビはすかさず地面を殴りつける。飛び散った瓦礫の欠片が散弾銃の如くこちらに放たれる。

「ゾンビの癖に賢いねぇぇぇ!」

 目を開く。微かな霧の歪みが見えた。頭を捻り、身を軽くねじる。背後に破片が飛んでいく。右手には銃剣。俺はゾンビの眼前で強く踏み込み跳んだ。狙うはその太い首。ゾンビは呆然と俺の姿を見る。

「けど残念でした! 俺の方がずっと、もっと、頭いいんだよなぁぁ!」

 ゾンビは寸前で拳を俺に放つ。読めてんだよ。俺は一瞬で着地。素早くゾンビの背後に回り込み再び跳躍。銃剣を首に突き刺す。

「おああ……あ」

 深々と刃物が突き刺さり俺は鮮血を全身に浴びる。ゾンビはブンブンと首を振り振り払おうとする。

「ぎゃはははははは! 死ね死ね死ねぇぇぇ!」

 銃剣を首に差し込み強く抉る。静寂。ゾンビは力を失って地面に倒れ込む。衝撃で大地が揺れた。俺は天井を見上げ考える。非常に重要なことだ。

「そういえば……ゾンビってもう死んでんじゃん――まぁいっか」

 俺は満面の笑みで銃剣をゾンビの顔面に投げつけた。

 

 鉄の匂いが鼻孔をつく。ぼやけていた視界が広ける。死屍累々だ。積み重なったゾンビの死体の山、その中央に飾られた巨大なゾンビ。顔面には銃剣が突き刺さっていた。僕は呆然と後ずさる――何かを踏みつけた。

「…………狐坂――さん?」

 狐坂と思わしき金髪の人型が地面に倒れ込んでいた。眼球はなく右腕は引きちぎられその口からは醜く涎を零していた。死んだのだ。さっきまで生きていて喋っていた人間が死んでいる。その事実に口を抑える。

「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!」

 叫び声が聞こえ振り向くと右半身が抉れた狼谷の姿が見えた。さっきから意味もなくうめき苦痛を訴えている。もう助からないことは明白だった。僕は地面に落ちていた拳銃を拾い安全装置を外す。

「あ……あぁ」

 狼谷は救いを求めるように僕に手を伸ばす。僕は――引き金を引いた。乾いた銃声。怖かったのだ。本当の彼の意思など確認しようがなかった。頬を水滴が流れる。力の抜け落ちた右手から拳銃が音を立てて落ちる。立っていられなくて膝から崩れ落ちた。

「あぁぁああああああああああああ!」

 僕はただ子供のように泣き叫んだ。何も変わらないと知っていたのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る