第21話


 いつも私の世界の中心に居るのは一人の少年だ。

 短く切りそろえた艶のある髪から覗く黒曜石みたいな綺麗な瞳。

 いつまでも溺れていたくなる。

 きっとその眼球は滑らかで舌触りがよく何よりも甘美な味がするに違いない。

 肌は白く細やかで華奢な女の子みたい。

 呼吸するたびに微かに動く皮膚の動き、生命の躍動に心が震える。

 その肌を余すところなく舐めて自分の色に染めたくなる。きっと目的がなければ間違いなく私は彼に出会った瞬間にそうしていた。

 けど我慢したかいはあった。覚えている。ずっと無限に頭の中を繰り返し続けている。美しかったのだ。

 彼は一切躊躇いなく手すりで銃を固定して正確に三発射撃した。濃霧という劣悪な視界で確かに弾丸は女の心臓を脳を破壊した。羨ましい。私にもしも死が訪れるならあのような死が良い。

 もっと優しい世界なら、出会い方が違えばきっともっと簡単に彼を助けられたのに。ごめんね。愛してるから、いつかこの欲望を君に伝えられるから。それまで待っていて鏡音鷹也。




「準備おけぇー」

 つばめは散弾銃をコッキングする。僕は銃を構え民家の窓から外を覗く。団地内の空っぽの部屋の中身が見える。干されたままの衣服。微かに残る血の香り。

「唯愛は?」

「問題ない。必要ならいつでも撃てる」

「うん、ありがとう。とりあえず遮蔽物が多すぎるから僕が監視をやる。つばめは接近した際の対処。唯愛は僕が負傷したらすぐさま撃って」

「りょーかい」

「把握」

 二人の声が止まると静寂が部屋を支配する。あの家族からの情報ではこの部屋で狙われたそうだ。

「怪しいな」

 唯愛はぼそりと呟く。

「何が?」

「あの家族」

「銃傷は本物だし……嘘をつく理由がない」

「――隊長がそう言うなら良いが」

 唯愛は瞼を閉じて耳を澄ませる。天使が僕の側から窓の外を見る。

「危ない。撃たれるかもしれないから」

「私は、大丈夫ですよ」

 僕は天使の頭をワシャワシャと撫でる。

「爆弾かッ!?」

 唯愛が突然、目を開いて叫ぶ。僕はびくりと震える。唯愛は周囲を歩き回り耳を澄ませる。歯を強く噛んだ。僕はさっと部屋を見渡す。何処? 僕には音さえ聞こえない。つばめは散弾銃を放り捨てて床に耳を当てる。次から次へと引き出しを開ける。

「ここっ!」

 つばめが部屋の入り口に走り飛び上がり天井を蹴り破った。つばめは割れた天井に手を突っ込み何かを取り出す。つばめの手には包が握られていた。

「三秒、ってやばっ! これ時限式じゃん、マジ予想外!」

 つばめは着地して床を踏み砕いて僕に向かって突進。後二秒。僕は咄嗟に倒れ込み避ける。後一秒。つばめは包を窓ガラスに向かって放り投げた。零。ガラスが散乱し光を反射する。爆音に混じって鋭い銃声。

「いったああああああ!」

 つばめは床に突然倒れる。右足からどくどくと血が溢れ出る。僕は咄嗟に背嚢から包帯を取り出してつばめの足を結締。

「痛い痛い痛い!」

「黙ってて、血を止めないと本当に死ぬ!」

 僕が止血を始めると同時、唯愛が窓から銃身を突き出し引き金を引いた。心臓が凍りつく銃声。唯愛は小さく舌打ち。

「外した。こちらに接近してくる。手慣れてるな」

 唯愛は窓から頭を隠し悪態をつく。唯愛は床に寝そべって長銃を扉に向ける。僕は天使にこっちにくるようにジェスチャー。天使はゆっくりと僕の後ろに回る。僕は扉に向けて銃口を向ける。ピリ付いた空気に僕らの呼吸音だけが嫌に聞こえる。こつりという足音。徐々に、徐々に近づいてくる。来る。引き金に指をかける。勢いよく扉が開いた。

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