第18話
「隊長、敵だ。僕が先に降りるから別方向から奇襲を頼む」
「う、うん」
烏末はさっきまでの不可思議な表情を消して焦った様子で拳銃を取り出し安全装置を外す。ガチャリという鈍い音が緊張感を高める。僕は背負っていた突撃銃を降ろして両手でしっかりと構える。烏末が僕が上ってきた階段をゆっくりと下りていく。僕は周囲を見渡し店の入口近くにある階段に向かう。誰の声も聞こえなくなった瞬間、心の内側から不安が手を伸ばしてくる。僕はゆっくりと階段を下りた。
一階だ。遠方の階段の上で烏末が店内の人影を指差す。霧が濃すぎて影にしか見えない。ただ明らかにつばめでも天使でもない。体格は二メートルほど。分厚い外套を着ている。影はぐるりと体を捻り銃を烏末に向けた。烏末はただ立ち止まっていた。人影は手で誰かを掴んでいる。見慣れた人影、すぐにつばめだと気づく。まずい。
「分かった。捨てよう」
烏末の妙に大きな声が聞こえる。金属音が響き渡る。烏末が銃を捨てたのだろう。会話内容は不明。けどなんとかしなくては。僕は冷たい銃身を握る。烏末はこつりこつりと両手をあげて階段を下りる。僕は震える手で銃口を人影に向ける。外したらつばめが死――考えるとガタガタと手が震えた。自分のせいで仲間が死ぬ……あり得ない。
「怖い。嫌だ……撃てない」
体が恐怖で痙攣。頭が真っ白になる。だというのに何故かいつものように意識が飛ばない。息が荒い。烏末が上げていた両手を軽く振る。射撃の合図。撃て撃て撃って殺せ。それだけだ。簡単なことじゃないか。いつも通り人を殺すだけじゃないんか。死体なんてもう見慣れている。だと言うのに。
「あっ――」
僕は膝を折る。人影が手を上げて銃口を烏末に向ける。ほら仲間が死んじゃう。僕の仲間が死んでしまう。心の底に巣食った何かが愚か者だと僕を嘲笑する。気味の悪い高笑い。歯を食いしばる。助けは来ない。天使も悪魔も力を貸さない。遠すぎて人影の指の動きは判断不可能。いつ撃つのか分からない。だから早急に――殺す。殺せ。
「あっぁぁぁぁぁぁああ!」
階段の手摺に銃身を叩きつけて安定。三度引き金を一気に引いた。鼓膜が張り裂けそうな銃声が丁度三度聞こえて――それで終わり。一つの人影が糸の切れた人形の如くバタリと倒れる。殺した殺した殺した殺した、殺したのだ。僕がヒトを殺したのだ。息が荒い。視界が明滅する。
「嗚呼、虚飾様……救いを」
極度に張り詰めた精神に一滴の雫が波紋を広げた。それは死にゆく女の声で……だというのに酷く幸福に満ちていた。
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