第14話
その曲がり角に向かって僕に抱きついていた天使がふんと自慢気に笑った。大丈夫、僕殺されないよね?
僕の後ろには天使、真正が二番手で烏末が最前列に立って歩く。いつもの通りの霧に満ちた朝。肩にかかった銃器の重みを感じる。霧の奥に一際大きな建物の影が見える。
「ここに入る」
烏末が立ち止まり銃を降ろす。
「おっ、EONじゃん。こんなところにあったんだ!」
真正は楽しそうに目を輝かせる。EON、大手ショッピングモールで食材もちろん、各種家具や電化製品まで揃う。確かにいい加減切れてきた食料を補充するには最適な場所だろう。天使は僕の手を軽く握りながら上目遣いで見てくる。僕は気恥ずかしなって目を逸らす。僕は真正と烏末に遅れてショッピングモールの割れた自動ドアから内部に入る。高すぎる天井と割れた電灯が目についた。うめき声が聞こえ、見てみると食品コーナーをうろうろと腰の曲がったゾンビが歩いている。右腕は千切れていてずっとさっきから同じ場所を回っている。不気味そのものだ。天使にくいくいと袖を引かれて振り返ると真正が停止したエレベータの上で手を振っていた。烏末はずんずんと先に進んでいく。食料以外にも何か欲しい物があるのだろうか。僕は真正達の後を追う。
「じゃっじゃーん! どうよ、これ! 可愛いでしょー――可愛いと言いなさない!」
真正が目の前でくるりと一回転した。茶と灰のスプライトのコートと鹿撃ち帽。
「そうだね、良いと思うよ」
大きな胸の動きに目がちょっと視線が惹き寄せられたのは内緒だ。店の奥を見る。無数の服が整列されている。マネキンは清楚な青のドレスを着て僕をじっと見つめていた。布が擦れる音に反射的に振り返る。試着室から何者かが出る。太陽を受けて光り輝く新雪の如き白銀の長髪、それをより一層鮮明にするくるぶしまである宵闇色のドレス。物憂げな真紅の瞳が僕を見て微かに細められる。言葉がでなかった。僕はいつまでも彼女を見ていたいと心の底から思った。いった――突然、頭部をけっこう強い力で殴られる。見ると真正が腰に手を当ててご立腹だった。頬を栗鼠のように膨らませる。
「隊長、何ですか鼻の下伸ばして。あと、私との対応の違いについて文句を言いたいのです!」
「ハッ見苦しい。己を生んだ親でも恨め」
「残念でしたー! 私も母も美人でぇーす! 近所で有名でしたー!」
「生憎、僕はそんなことは気にしたことがないな」
僕を隅において真正と烏末はいつも通り言い争いを始めた。
「うわっ!」
暇になって歩いていた僕は突然の衝撃を受けて転びそうになる。腰に抱きつかれてている。案の定、灰色の髪の天使様が僕の腰に抱きついていた。ただしさっきまでとは違う服装。野暮ったい灰色の布のせいで彼女の本質が隠されていたのだと認めざるを得ない。白く可愛らしいフリルマシマシのゴシックロリータの服を着た彼女は本当にこの世に降臨した天使に見えた。
「ん?」
天使がさらに強く抱きついて体を寄せてくる。妙に柔らかな感触を感じる。そして止めの上目遣い。
「はい……可愛いよ」
僕はできるうる限りの笑顔を天使に向けた。灰色の髪を優しく撫でる。
「ろ、ロリコンだー」
「鷹也、若い女が好きなのは自然だが……その年齢差は」
真正と烏末が若干僕から後ずさる。何故か幼女好きだと判断されたようだ。僕は決してそうではないのに。真正達は互いの視線を見て火花を散らす。かと思ったら、一斉に服を物色し始めた。一人ぽつりと残された僕は外に置かれていた鏡の自分の姿を見る。野暮ったい黒髪が少しだけ目にかかっている、肌は引きこもりがちだったせいで少し白い。鏡の中の自分の黒い眼球と目を合わせる。楽しいか? ――そう、意識していないにも関わらず口元が動いた気がした。ニヤニヤと鏡の中の僕が僕自身を見る。
「誰?」
沈黙。答えは返ってこない。ただ鏡の中の少年は不敵に口の端を吊り上げて笑った。何か僕の中に居るのか? 不可解なことなら何度かあった。眼の前で忽然とゾンビが――人が死ぬ。あまりのショックで記憶が飛んでいるのかと思っていた。自分自身の現状を上手く表す言葉に覚えがあったが口にはしなかった。代わりに――。
「……楽しいよ。きっと……今楽しいんだと思う。君が――僕を守ってくれてるの?」
答えはなかった。鏡にはいつも通りの平々凡々な己の姿があった。
「鷹也――何と喋っているんだ」
背後から凛とした声が聞こえた。
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