第8話

 爆音と同時に、散弾が右耳の真横を通り過ぎる。背後からくぐもったうめき声が聞こえ振り返る。灰色のコートを来た男のゾンビが右肩を抑えながら座り込んでいた。

「はい、先手必勝!」

 真正は僕を押しのけて右足でゾンビの顔面を蹴りつける。ゾンビの体が吹っ飛び床面と擦れる。真正は右手で銃をコッキングしながら恥ずかしそうに頭を掻く。

「撃っちゃった。逃げよ!」

 急に周囲から足音がドタドタと聞こえ始める。真正が僕を殺そうしていなかったのは理解できたけど、その判断は不味い。暗がりではゾンビは――よく動く。僕は元来た道から烏末が来るのを確認した後、前方に踏み出す。

「非常口。エントランスから出ると足音の位置的にゾンビの集団と会うから」

「馬鹿は静かに魚も鑑賞できないのか?」

 烏末は真正を睨みつけながら走る。

「ごめんなちゃい」

 真正はわざとらしく舌を出して謝る。烏末の視線がさらに険しくなった。ごめんなさい。僕が油断してたせいです。真正は曲がり角で急停止。烏末と僕も止まる。

「頼んでないのにウェイターさんいっぱい来てる」

「後ろはもっとやばい」

 僕はちらりと背後を確認する。視認できるだけでも通路を埋め尽くすほどのゾンビの大群が餌を得ようとひしめき合っていた。烏末はズボンのポケットから回転式拳銃を抜き放つ。

「殺して道を開く」

「ラジャー!」

 真正と烏末が円形の広間に踊り出た。僕も突撃銃を構え周囲を見渡す。三、六、九、少なくとも十体以上三十体未満。普通の部隊なら確実に死ぬ。

「一匹目!」

 軽快な真正の声音と同時にゾンビの頭部が散弾銃によって眼前で弾け飛ぶ。真正は頭部のないゾンビには目もくれずに踏み込み右足で次のゾンビの顎を蹴り上げる。烏末は堂々とゾンビの群れの中心を歩きながら拳銃を構え次々と力なく引き金を引く。弾丸の一発一発がゾンビの眉間に吸い込まれ不死身のはずの身体ががくりと倒れていく。僕は恐怖で乾いた口を唾液で癒やし飛びかかってくるゾンビを見た。閉じたくなる瞼を開けて突撃銃を構える。ゾンビを引き付けて引き付けて、引き金を力強く、引く。耳をつんざく銃声が鳴り響く。ゾンビの体に次々と風穴が空き血が噴出。僕はゾンビから後ずさる。ゾンビは力を失って頭から床面に直撃。

 わずか数秒で腐った匂いが消え鉄の匂いが部屋に充満する。ガンガンと鈍い音がなる。見ると、烏末がホールの端にあった非常口の扉を何度も何度も狂ったように蹴っていた。遂に扉が勢いよく吹き飛ぶ。

「出るぞ」

 僕と真正は急いで烏末が開けた非常口に向かう。通路は狭くて薄暗い。埃まみれで二人がぎりぎり並んで通れるレベルだ。真正と烏末がずんずんと恐れなく前に進んでいく。

「ゾンビに接敵したら終わりだ」

「大丈夫、大丈夫。殺せばオケェー。傷口に触れられない限り感染しないからね」

 一応、傷口に触れられると感染することは知っていたらしい。平然とゾンビの顔面を蹴っているから馬鹿なのかと思っていた。僕らが無言で歩き続けると、重たそうな鍵のついた出口が見えた。

「蹴り壊す」

「そんなことしたら逃げ道がない……危険だ」

「おけおけ、じゃあ私が銃で吹き飛ばす!」

 真正は烏末を押しのけて扉に散弾銃を構える。

「扉を出たらどうする? 隊長」

 烏末がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら聞いてくる。そんな顔でも綺麗に見えるから美人は特だ。

「……もういいよ。王道だけど近くの高い建物に逃げよう」

「了解だ……隊長」

 烏末が言う。真正がこちらの目を見てくる。僕は気恥ずかしくなりながらも一つ頷いた。突撃銃を構え直す。二人には遠く及ばないけど、僕だってこんな世界を生きてきた、生きる能力だけは多少の自信はある。開戦の祝砲が鳴らされた。真正はひん曲がった扉を蹴り飛ばし霧に満ちた世界に出る。烏末、僕と順に走って外に脱出。すがさず周囲を見渡す。音を聞いたゾンビ達が津波のように猛然とこちら側に向かってくる。

「無視して進もう!」

「狩れるだけ狩るがな」

 烏末は全速力で走りながら拳銃を抜き放つ。次々とゾンビの頭を吹き飛ばす。さっきと違って不安定すぎる体勢のせいで外れてる弾もあるが凄まじい精度。体感では七割ほどが頭部に着弾している。僕は重たい銃を構えながら土瀝青を疾走する。右、左と広く視界を取って最適な建物を探す。どれだ、どれだ。見つけた。

「前方! 左の三階建ての避難タワー」

「おっけぇー」

 最前方を走っていた真正は進路を言われた通り変更。前方から迫っていたゾンビを足をかけて転倒させる。僕と烏末は倒れたゾンビを踏みつけて全速力で走る。剥き出しになった鉄の柱が見えてきた。なだらかなスロープを登る。視線を左右に動かし階段の場所を把握。真正は今にも崩れ落ちそうな鉄の階段をひょいひょいと危なげなく登っていく。烏末の次に僕が足を乗せるとガタリと大きく揺れた。老朽化しているとはいえ落ちないと信じ登り続ける。階段は建物の周囲を螺旋状に設置されている。背後をちらりと見る。ゾンビ達がお互いに押し合いながら我先にとこちらに近づいてくる。一匹のゾンビが団子状態の群れから飛び出す。最後尾の僕に掴みかかる。僕は一気に振り返り、引き金を引いた。弾丸の雨がゾンビの肉を貫き後退させる。

「最上階に着いちゃうよ!」

 真正が焦った声で叫ぶ。

「階段落として!」

 僕はゾンビに銃を向けたまま叫ぶ。

「了解!」

 烏末が振り返る。右手には回転拳銃。マズルフラッシュと同時に銃声と金属音が鳴り響く。僕の足元の階段と手すりの接続点の金具がずれた。足を取られて転びそうになる。

「おけぃー! チャックメイトッ!」

 真正は散弾銃を僕の足元を狙って発砲。服の一片を削り取るギリギリで散弾が僕の足元の穿つ。僕は跳んで前に出る。がくりと足が重くなる。ゾンビが涎を垂らしながら僕の左足を掴んでいた。肉を噛もうと口を開き歯を剥き出していた。

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