第3話
まぶたをゆっくりと開けると、灰色の天井があった。どうやら眠っていたらしい。相変わらずよく分からない夢だ。虚飾の真意など今もまだ僕は知らない。倒れていた体を起こし辺りを見渡す。割れた窓ガラスからまだ寒い風が吹き込む。骨格がむき出しのボロボロのホテルの一室。僕以外に二人の人間が居た。一人は薄桃色髪の少女で体には女性らしい起伏がある。白の無地のTシャツを着てジーンズを履いている。人懐っこそうな端正な顔立ちはきっと多くの男を虜にしてきたのだ……背中に散弾銃を背負ってさえいなければ。彼女は興味深そうに僕ともう一人の少女を見ている。もう一人の少女は対象的に静謐とした雰囲気を纏っている。頭から爪先まで汚れのない白で、赤い瞳が開いたまま黒い本を見ている。彼女が着れば真っ黒なTシャツとズボンでさえハイソなファッションになる。肩に彼女の身長ほどある長銃をかけている。
「ねぇねぇ、少年や」
桃色髪の少女は元気に立ち上がり凶悪な胸を反らしこちらに近づいてくる。僕はびっくりしてぱっと反射的に距離を取る。
「ひ、酷い! どうどう! 大丈夫ですよ。襲ったりしませんからねー。てか私がいつも襲われてんだけど」
少女は急に真顔になってぶつぶつと文句を言い始める。
「えっ、えーと何ですか?」
少女は僕の言葉で正気を取り戻したのかこほんとわざとらしく咳払い。ぷるりと揺れる赤い唇をゆっくりと開く。
「君、どんな女の子がタイプ?」
この女、真顔である。そしてとても興味深そうに目を輝かせている。何かの深層心理テストだろうか?
「知りませんけど――姉は好き……です」
僕は戸惑いながら正直に答える。深い意味があるのかも知れない。
「お姉さんってどんな感じの人」
「黒髪の美人で笑った顔が儚げで、その、そんな表情が好きなんです」
少女は僕が言葉を区切るたびにいちいち頷く。
「うん、君は良い変態だね。シスコン、しかも姉派かー珍しい。私はどっちかと妹だね。ずっと弟子が欲しいと思ってるから――」
さらりと辛辣なことを言われた。僕は変態じゃないしシスターコンプレックスを患ってもいない。ただ普通に姉が好きな弟なだけだ。少女から突如として語り始めた妹理論を右から左に聞き流す。
「あっ、そういえば自己紹介まだだった。私、真正つばめ。名探偵さ」
その自己紹介を現実にする人間を初めて見た。
「信じてないな。本当だよ本当! うん、本当! それで君の名前は?」
真正は僕の胡乱げな瞳に気づいたのか念押してくる。
「鏡音鷹也」
「鷹也君か、食べられちゃそうだ。きゃー怖い」
棒読みである。合成音声のほうがもう少しましな抑揚で喋りそうだ。
「名探偵が君の好きな食べ物を当ててあげよう――ずばりお姉さんだ」
「僕はゾンビじゃない。チェコレートだよ」
「大正解」
「外すことが目的ならね」
僕はこいつ馬鹿だなと思いながら適当に答える。
「名探偵は馬鹿の仕事だからな。その乳牛女の頭がお花畑なのは自明だろ」
凛とした声音と鋭い言葉。銀髪の少女が本を見たまま言う。一拍の静寂の後、真正は笑顔で背負っていた銃を彼女に突きつけた。同時に銀髪の少女も何処に隠していたのか拳銃を突きつける。
「何か言った?」
「耳も悪いのか?」
真正が冷やかに脅しても少女は不遜に首を傾げる。空気が重い。
「喧嘩は外でやって……気分悪いから見たくない」
「喧嘩じゃないよー。ちょっと猫とじゃれてるだけ」
「それは良いな。人間よりは自由で楽しそうだ」
「どうでもいいよ……」
僕はぼーと曇った窓ガラスを見る。
「ありゃりゃ、拗ねちゃった」
真正は飽きたのか銃を下ろす。もう一人の少女も警戒しながら銃を下ろした。真正は静けさに耐えきれなくなったのか頭を掻く。
「で、なんで私達ここに居るんだっけ?」
「知らない」
僕は体育座りをしながら返事をする。そんなこと僕が知りたい。僕は何もしていないはず。いつものように生きるために努力してるだけだ。ただそれだけ。
「遠征隊……だろうな。僕ら殺人鬼の末路だろ」
銀髪の少女はぼそりと儚げに言葉を零す。遠征隊、犯罪組織である八咫烏でさえも管理しきれなかった精神異常者が選ばれる部隊。
「失礼な私は殺人鬼じゃないよ」
「犯人はいつもそう言うんだ」
銀髪の少女は得意げに言う。
「あれは事故だったんだ」
「真正さん、本当に犯人みたいですよ」
僕はたまらず突っ込む。
「名探偵だからね。犯人のテンプレートぐらい網羅しているの。いやー本当に事故だから。信じて――なんか変態に幾度なく襲いかかられただけだから。この時代、告白断るのも楽じゃない!」
真正は苦い顔をしながら散弾銃を撫でる。僕は無意識に真正の胸を見る。たわわに実った胸は明らかにメロンサイズだ。真正と目が合って、さっと逸らす。
「あー、ここにも変態がいる」
「み、見てないから」
「で、ボクっ娘は何で選ばれたの? 馬鹿にされて怒って殺しちゃった?」
真正は銀髪の少女に問いかける。
「一人称は昔からだ。悪いとも良いとも思ったことはない。後、僕は唯愛だ。烏末唯愛。人の名前はちゃんと覚えろ脂肪の塊」
「全人類脂肪の塊だよ。後、君、まず名前言ってなかったから」
真正は呆れた目で烏末を見る。
「殺したのは――」
烏末は銃口を僕に合わせる。僕は反射的に銃を握る。
「無能だけだよ。アイツらが無能なのが悪いの」
烏末は罪悪感など一ミリも感じない声で言う。背筋が凍る。
「で、鷹也はなんで選ばれたの?」
真正がさらりと僕を守るように烏末との間に立つ。ごくりと唾を飲み恐怖感を紛らわす。
「だからさっき言ったでしょ。分かんないんだよ。僕は君たちとは違う。殺人鬼なんかじゃない!」
思ったより声が震えた。真正と烏末はお互い見合った後、ぽつりと口を開く。
「これは大物だね」
「筋金入りだ」
僕は聞かなかったふりをする。部屋の扉が三度ノックされた。
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