第七話「覆い隠した自分」

「お初にお目にかかります。エスティリア・クロウミスです。ユグドリス大森林公国の現君主エリフィー・フォルスミスの命を受け、我が国の森人族や獣人族に伝わる魔術や私の知っている高位の魔術を広め、各国の要人と交流し、我が国と他国の連携を深めるために来ました。」

「そうか今はエルフの公爵が君主と成っているんだな。前の獣人の公爵から一変して他の国との連携強化に走っていると。」


 師匠としてエスティが居候することを伝えるため共に屋敷に帰ると突然エスティはノールドに帽子にあるのと同じ紋章の入った手紙を渡し、ノールドもすぐに理解した様子で頷いている。


「え・・・・・・えっとエスティは元々各国の人に魔術を教えるためにユグドリスから来たんですか?」

「あぁ、そうだよルカ、私が君たちの魔術の師匠を引き受けたのは国の命を遂行しながら君に恩替えしが

出来るからなんだ。」


 へー結構義理堅いんだな。


「ん?ルカ、お前エスティリアさんに魔術を教えて貰おうとしてたのか?」

「前々から魔術に興味があったのでちょうど良いかと思って。」


 息を吸って吐くように嘘をついた少年にエスティリアの視線が刺さってきた。


「私はアゼイリー王立学園でも講師として二年間勤めていましたので魔術を扱った事の無いルーカスやレイナにも基礎からしっかりと教える事が出来ますよ。」


 一瞬で状況を把握したエスティは俺の嘘にのってくれた。


「王都でも活動していたのなら安心だ、家のルーカスとレイナちゃんを頼む。」


 ノールドは手を前に出し、エスティもそれに応えて手を出して固い握手をした。

 エスティが正式に俺たちの師匠になった瞬間である。



 ---



「エスティリアの魔術訓練は魔術訓練は午後にし、まずは剣術の練習をする。」


「「はい!」」


 エスティリアが教えてくれるようになってもグレイブの剣術訓練を前と同じようにこなす、出来ることはできるだけやっておきたいからな。


 少年少女は年齢に見合ってないとも捉えられる基礎トレーニングを行い、打ち合い稽古を始めた。


「レイナ、お前は一撃が軽いが攻撃の筋は良い、ルカに隙が出るまで狙い続けろ!」

「はい!」


 グレイブの指摘している通りレイナは女の子ということもあり力ではルーカスに勝てないがその太刀筋は正確でルーカスを苦しめていた。


 長期戦になればぼろを出して負けそうだ、一気に決めるか。


 ルーカスはより一層力を込めるとレイナの手を狙った。


「はぁぁぁぁぁ!」

「えっ!」


 守りに徹していたルーカスがいきなり攻撃に転じたことでレイナは対応できず練習用の木刀を落としてしまった。


「そこまで!」


 レイナの木刀が落ちたところでグレイブは打ち合いを止めた。


「レイナ、思い込みで視野が狭まったな相手は反撃してくるということを忘れるな。」

「はい!」


 レイナは先ほどの自分を振り返るように頷きながら返事をした。


「よし、ソフィアの所に行って手を治して貰え。」

「うん!」


 怪我をしているようには思えないほどの元気な声で返事をし、屋敷の方へとレイナは走っていった。


「ルカ、今回の作戦は防御に徹すると見せかけて反撃を狙っていたようだがそれはレイナより力が強いのが前提だ、今日の魔術練習後の特訓で行うものをレイナが取得すると手が出なくなるから気をつけるように。」


「っはい!」


 俺とレイナの力の差を埋める技術があるのか?楽しみだな!

 少年は謎の特訓に思いを馳せながら理解したように返事をした。



 ---



 昼食を終え午後になると屋敷の一室でエスティリアによる魔術レッスンが始まった。


「第一に魔力とは万物に宿る力であり、生き物だけで無く石や水、死体にまで宿っている。」


 エスティリアは黒板に書き綴りながら説明を始めた。


 魔力は万物に宿る――か。

 宿るって具体的にどうなってるんだ?

 原子に引っ付いているとか?


「そして、魔力を魔術として発動させるためには詠唱、又は魔導陣が必要なのだが無詠唱という技術でも魔術を放つことが出来る。」


 無詠唱、俺が独自にたどり着いた魔術を極める上で欠かせない存在――。


 ルーカスが真剣な顔をして聞いているのを見るとエスティリアは微笑んで心を読んだかのようにルーカスに話しかけた。


「そう、ルカやレイナが使うのがそれだ。私の国に伝わっている魔導書の中にもいくつか記述があった。」

「どんなことが書かれていたんですか?」


 過去にこの技術を有していたのは誰か、何故現代では誰も使っていない空想上の技術とされているのか、少年は多くの疑問を抱いていたのだ。


「私の知っている範囲では特に目立った記述は無くてね、無詠唱は後に多くの剣術や近接戦闘で扱われる身体強化術の元であるといった記述くらいしか無かったんだ。」


 身体強化術?なんだそれ?


 初めて聞く術に首をかしげているルーカスに再びエスティリアは声を掛けた。


「身体強化術は後でグレイブ様から教わることになっているから基礎だけでも教えてくれと言われていて

ね。簡単に言えば魔力を使って体を強化する術だ。」

「魔力にそんな性質があるんですか。」

「あぁ、魔力には物質の形、温度、質量に威力、硬度や効果の促進といった性質があるんだ。」


 効果の促進とか面白そうだな!


 少年は初めて知った魔力の性質についてメモをしながら興奮した様子で話を聞いている。

 一方レイナは午前の疲れの影響か寝ぼけ眼である。


「君たちは魔力の流れを感じることが出来るかい?」

「はい、それが身体強化術にどう影響するんですか?」

「出来る出来ないに影響は無いんだが習得の速さに関係してね、一般的に魔力を感じれるのは才能で身体

強化術を使うのは年齢が小さいほど早いと聞いたことがあるから聞いてみただけさ。」


 もし簡単に身体強化術を扱えたら剣術ももっと上達するかもな。


「私は使えないから教える事は出来ないが使えたら便利なのは変わりないよ。」

「エスティ先生は使えないんですか?」

「あぁ、エルフは元来肉体がそこまで強い種族じゃなくてね、国の体系的にもそういうのは体が強い獣人

族がやっていて普及してないんだ。」


「へぇー。」


 なるほど、エルフの分類される森人族と獣人族は同じ国に住んでるからこそ互いの苦手はやらなくても良いからエスティも出来ないわけだ。


「まぁ魔力の流れが分かるなら特にやらなくても大丈夫そうだね。それじゃ話を戻して魔力についてをやっていこ――いや、時間も無いし実践した方が良いね。」


 エスティリアはそう言うと屋敷の裏の平原へと向かうことになった。



 ---



「エスティ先生今からどんな魔術を使うんですか?」

「今から使う魔術は上級水魔術の氷覆グレイスペシム、対象を氷の膜で覆い付くす魔術だ。」

「はい――。」


 固唾をのんで二人の子どもが見守る中、エスティリアは詠唱を始めた。


「行くよ。水の精霊アズリアよ、悠久の時を経た氷河のごとく我が前に立ちはだかる敵を、命を、その冷ややかなる魔力で包み永遠の眠りを与えん。氷覆!」


 詠唱が終わると平原に広がっていた草花や虫――ありとあらゆる生命が氷の膜で覆われ冷気を放ち白銀の世界を創り出した。


 俺もレイナも使ったことの無いレベルの魔術――一瞬でこの範囲を攻撃するなんて――。


 レイナはその双眸を輝かせ口を開けたまま停止していた。


「見たか!ルカ!レイナ!私が詠唱の無駄を省き効率化して中級と同じ程まで短くした上でこの威力!この範囲!無駄がなくなれば魔術はどこまでも進化していく――そう、だからこそ君たちの無詠唱は可能性の塊なんだよ。」


 そう言いながら振り向いてきたエスティは白銀の景色の中で真珠のように艶やかなクリーム色の髪と白と緑の服をはためかせていた。

 今度は少年がその景色に見惚れ、その双眸に景色を焼き付けていた。


「すっごい!エスティはやっぱり最高クラスの魔術師なのね!」


 興奮したレイナは瞳を輝かせたままエスティリアに飛びつき跳ねていた。


「ふふん、もっと褒めてくれ。」


 エスティリアもそれに乗っかりどや顔で応えていたのだが少年があることに気がついた。


「これって戻りますよね?」

「あっ。」


 エスティリアによって平原は銀世界となったが言い換えれば草木は全て死滅してしまうのだ。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!どっどっどうしよう!他国の首都近辺に多大な被害を与えたとか言われたら絶対

解任だしルカとレイナの師匠も絶対やめさせられるーどうしようどうしよう!」


 ルーカスとレイナの双眸に映るのは先ほどまで散々頼れる魔術師で大人の女性かのように振る舞っていたエルフの姿である。


 あれ?なんかキャラ違わない?出会った時みたいに成ってない?


「早く溶かさなきゃ手遅れにー!始まりの火よ――。」


 エスティリアは早口で詠唱を始め氷を溶かし始めた。


「僕も手伝います。レイナも手伝ってくれる?」

「うん、わかったわ。」


 少年は見てはいられないと自身とレイナの扱える無詠唱で援護することを決め、少女もそれに賛同した。


 三人は手分けして氷の世界を溶かしていき、小一時間ほどで先ほどの銀世界は見る影も無くなっていた。


「ふぅ~助かったよルカ、レイナありがとう。」

「どうってことないわ。」


 レイナは魔術を見れて使えたので満足そうである。


 しかし、少年には気になっていたことが一つある。


「エスティ、大人ぶってました?」

「えっいや――そうです。」


 一瞬否定しかけたがエスティリアは正直に認めた。


「なんで大人ぶってたんです?」

「ルカ、君は私にとって英雄なんだ、子どもの頃に夢見た昔話――エルフと人間のハーフの少女が魔術師の少年にピンチを助けられ恋に落ちる話――ありがちだが私はこの話に憧れていたんだ。」


 人の感性はそれぞれ違う、幼い頃のエスティにとっては最高の物語だったのだろう。


「そして、君は私を助けてくれた、その――いや何でも無いただの強がりだよ、幼い自分に蓋をして君たちに私の理想の姿を見せたかったが故のね。」


 言いよどんでいたが何となく言いたいことは分かる。


「エスティが放った氷覆、本当にすごかったです、そしてそこに佇んで笑顔を見せてくれたエスティの姿はとても魅力的でしたよ。それに、ちょっと固めのエスティより今の柔らかな感じのエスティの方が僕は親近感を覚えます。」


 少年は自らが隠している過去を思いながらエスティリアを労った。


 俺だって前の自分を見せていないし進んで見せたいとは思っていないからな。


 エスティリアはルーカスの言葉を聞くと心を覆い隠していたものが消えたからか笑みを浮かべた。


「ありがとう、本当に私はルカには救われてばっかだね。でも、女性を口説くにはまだ幼すぎるよ、そう

いうのはもっと大人になって気持ちが変わっていなかったら未来の私に言ってくれ。」

「はい!」


 婚約ともとれる言葉を交わしながら笑っている二人をレイナは不機嫌そうに見つめていた。

 しかし、少女は自身の経験を思い返し、この気持ちに気付くと顔を赤らめ自然と目をそらしてしまった。

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