第六話「序盤の森の迷い人」

 

「レイナ、ルーカス、休みをある程度楽しんだ事だし今日から午前中は俺――カレア王国騎士団長グレイブが直々に訓練をする。」


 今日から俺とレイナはグレイブさんから訓練を受けれることとなったのだ。

 この世界の人間は発達が前の世界より早いのか五歳にして八歳くらいの能力は持っている気がする。

 レイナもまだまだ子どもらしいが一緒に過ごしていて五歳とは思えない位の能力はある。

 誤差かもしれないがな。


「今日行うのは基礎訓練だ。お前達が言い出したこと心してかかれよ。」

「「はい!」」


 少年と少女は元気よく返事をし今日の訓練が始まった。

 三時間後少年と少女は昼食まで倒れる事になるのだがそれはまだ誰も知らない。



 ---



 午前中の疲れで死ぬかもと思ったが何とか回復してレイナの魔術特訓に来た。


 少女は午前中の疲れなど一切感じさせないスピードでここまで来たのだ。


 若さは無限のエネルギーか。

 レイナの魔術特訓もあれから三日でかなり進み俺ほどスムーズでは無いが本に載っている魔術を一応全て習得した。

 全て習得出来たのは良かったがまだ安定して魔術を放てるわけでは無く火魔術は特にぶれるのでいつもの川辺で練習を続けている。


 ガサガサ――。


 いきなり森の方から何かが動く音が聞こえた。


 少女はまだ魔術の練習をしていて気がついていないが少年はいち早く気付き既に手を森へ向けていた。


 人か?五つの街道のうち四つはここから離れているしそもそも領主邸の裏に回り込んでくる人間だとしたら怪しい。

 いや、動物か?

 魔物モンスターの可能性もあるのか、そっちの方だとかなり怖いな。

 この世界では冒険者ギルドによって指定されている動物や新種でまだよく分かっていない動物が魔物として扱われるらしいし――まだ子どもの俺たちだけでいけるか?


 万が一人であったときのために少年は手を向けたまま魔術を放つのを待っていた。


「レイナ、一度中断俺の後ろに。」

「えー良いところなのに。」

「ほら早く。」


 ガサガサガサガサ!


「出れたぁぁぁぁぁ!」


 森の中から白と緑の服にそれと同じデザインの帽子を被った少女が出てきた。


「え!人!?あっ。」


 バシャン!


 少女は森を出た瞬間、少年と少女に目を取られてしまい足下がお留守になり、小川の中へと堕ちた。

 ルーカスとレイナの二人はそれをポカンとした目で見ていた。


「ぷはぁ!助か――」


 ガサガサガサガサ!


 もう一つ巨大な何かが森から飛び出してきた。


 ガルルルルル!



「てない!避けて!」


 びしょ濡れの少女は川辺で見ていた二人の子どもに急いで避難を促してきた。


「レイナ!」


 少年は急いで少女を連れ横へ避けた。


 グルルルルル――


 先ほどまでいた場所には苔の様な毛の色に見るからに凶暴そうな赤い瞳をした熊がいた。


「そいつはリピアンベア!動きはそこまで早くないけど一発でも喰らえば終わりだから逃げて!」


 くそ、何か既視感あるなこの構図!


 少年はあの日を思い出しながら身じろぎしていた。


 でも、今なら――自分の力でいける!


 そう、あのときよりも少年は確実に強くなっていた後ろにいる大切な幼なじみを守れるほどの。


 ガァァァァァァ!


 魔物は口を開き、少年と少女を吠えながら襲いかかってきた


地槍グランドスピア!」


 襲いかかってきた魔物の口にめがけて少年は地槍を突き刺した。


 ウガァルルルルルル!


 魔物は刺さった地槍をかみ砕くと危険な存在と認めた少年から背を向け逃げ始めた。


 しかし、そこで逃がすほど少年の魔術は甘く無かった。


「逃がすか!」


 少年は再び魔物に手を向けとどめの一撃を放った。

 先ほど折られた地槍のかけらを媒介し無数の鋭い棘の付いた巨大な岩を魔物の体内で生成したのだ。

 少年の一撃は魔物の組織を破壊し尽くし一瞬にして絶命させた。

 深海のごとき闇を抱いた少年の双眸はそばで見ていた少女二人に恐怖を与えるほどだった。


「ル・・・・・・カ?」


 詰まりながらも少年の名を呼んだ少女の声に反応し、再び少年の双眸に光が戻った。


「あぁごめん、ちょっと怖いの使っちゃった。」


 いつも通りの少年の反応に少女は安堵した。


「すまない!君たちを私の失敗に巻き込んでしまって。」


 先ほどの人が俺たちの前で手を合わせ謝罪してきた。


「大丈夫ですよ、誰も怪我しなかったんですから。」


 それよりこの人の耳――エルフか!

 少年は髪が濡れたことで露わになった少女の長い耳に気がついたのだ。


「もしかしてエルフですか?」

「あぁ、名乗ってなかったね。私はエスティリア・クロウミス、よく幼く見られるがこれでもユグドリス大森林公国直属の魔術師だ。」


 十六歳くらいに見えるが本当なのだろうか。


「それより――」


 グ――


 エスティリアは腹の虫を鳴かせながら先ほど倒した魔物を見つめながら言った。


「あれ、食べてもいいかな?」


 こうして俺たちのバーベキューが始まった。



 ---



 エスティリアによる魔物の下処理が終わったので集めておいた木に無詠唱で火を付け、肉を焼き始めた。

 いきなり横でエスティリアが服を脱ぎ始めた。


「すまない、服が濡れてしまっているからついでに乾かしてもいいかな?」

「え・・・・・・まぁいいですよ。」


 動揺する少年を余所にエスティリアはあっという間に服を干した。

 少年の視界には火に照らされたスカートと下着姿のエルフが座って火を眺めているという楽園のような光景が広がっていた。

 少年の顔が赤いのは決して火の照り返しでは無い。


「なになにー少年は既に女性の体に興味があるのか。」


 その言葉を聞きレイナは少し顔をしかめながらルーカスを見ている。


「あははは――。」


 ルーカスは苦笑いをしながらその場をやり過ごそうとしている。


「私のこんな貧相な体に興味があるならいくらでも見せてあげるよ、なんせ君は命の恩人だからな。」


 少年はジト目で笑みを浮かべながら魅力的な提案をしてきたエスティリアから目を少し背けた。


 頼むからこれ以上事をかき乱さないでくれるかなー。

 早く話題をそらそう。


 再びルーカスはエスティリアっと向き合った。


「さっきから少年少年と言いますがまだ名乗ってませんでしたっけ?」

「うん、まだ君たちの名前は知らないよ。」

「僕の名前はルーカス・ルピリアス・シャラスティアです、ルカと呼んでください。」

「ルピリアス・シャラスティア――。」


 エスティリアは考え込んでいたが間髪入れずにレイナに挨拶をさせる。


「ほら、レイナも。」

「わかったわ。レイナ・グラジミア・レディオラスです。」

「うん、ルカ、レイナよろしく。」


 少年は一番気になった疑問を問いかけた。


「エスティリアさんは――」

「エスティでいいよ。」


 すぐさま訂正が入ったが少年は続けた。


「はい。エスティは何故ここに?ここは街道から離れていますしそもそも何をしに?」

「さっきも言ったが私は今、国家に所属する魔術師だ国から頼まれた仕事としか言えない。まぁ街道から

 離れたこの場所にいたのは私が方向音痴でいつの間にかここまで来ただけなんだけどね。」


 嘘だろあの街道から迷ってここまで来るって誰だエスティを国家魔術師にしたのは。

 というか忘れてたけど、この人魔術師って言ってるじゃん!国家に雇われるレベルだと相当だし魔導入門に載っていない高位の魔術を知っているかもしれない、なら言う言葉は一つ。


「僕たちの師匠になってくれませんか?」

「え?」


 レイナは驚きの声を上げていた。


「いいよ。」


 エスティはエスティであっさりと承諾してくれた。


「いいんですか?」


 思わず少年は聞き返した。


「ちょうど予定が合いそうでね。」


 なにか含みがあったがまぁ良いだろう。


「なんで?ルカが師匠じゃだめなの?」


 レイナは俺の方を見て若干抗議気味に問いかけてきた。


「あぁ、僕の知っている魔術はこの本の範囲だけ、高位の魔術を覚えようと思っても載ってないんだよ。」

「たしかにそうね――」

「賢い判断だねルカ、君の考えたであろう通り私はその本に載っていないような高位の魔術に、人族にあまり広まっていない森人族の魔術にもよく精通している。それに――」


 少し思い出すように考えた後エスティリアは言葉を続けた。


「ルカ、君は無詠唱で魔術を扱えるらしいしね。」

「ご存じなんですね無詠唱。」


 やはりこの世界には無詠唱の疑念があるらしい。


「あぁ、魔術を極める者の多くはそんな夢の様な能力を求めているさ。」


 おぉしっかりと知っているか。

 より師匠として欲しい人だ。

「では改めましてよろしくお願いします。」

「っ!お願いします。」


 いきなり頭を下げたルーカスに一歩遅れてレイナも頭を下げた。

 二人の願いを受け入れ、ふふんと声を漏らしながらエスティリアは足を組んだ。

 ジト目で笑いながら足を組む姿は美しくまるで魔女のようだった、下着姿で無ければ。


 なんか尊敬の感情よりもエロスの方が勝ってるな。


 少年を拐かす点は魔女と言っても差し支えないだろう。


 しっかし、なんで魔物に追いかけられていた時とキャラが違うんだ?

 まぁ、優秀な人なのは間違いなさそうだしいっか。


 少年が覚えた違和感の答えが出るのはもう少し先のことである。

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