第四話「海鏡」

 

 先日ソフィアが妊娠したとの報告があった。


 家がデカいせいで一体いつハッスルしていたのか分からんが嬉しいことに変わりない。


「ルカー君の弟か妹だよ~。」


 妊娠が分かってからのソフィアは誰が見ても幸せそうだ。

「ソフィア母さんおめでとう!」


 子どもっぽく言ってみたが本心だ。


「ソフィア。」


 食堂でそんな会話をしているとノールドが入ってきた。


「グレイブとエリーザから育児と仕事が落ち着いたからマリエリアスに来るという手紙が来たんだ。」


 するとシエロが思い返すように口を開いた。


「たしかに、ルカが生まれた時と同じくらいにグレイブとエリーザの子も生まれたからね。」

「そっか、ルカはあまり手が掛から無かったし感じてなかったけど本来もっと大変だからね。」


 まぁ夜泣きしなかったしな。

 というかグレイブって名前は前に聞いたことがあるな。


「父さん、グレイブって人は確か――。」

「あぁ、この国の騎士団長だ。出来たらあいつに剣を教えて貰おう。」


 やっぱり!早く来てくれ!剣の技術だけでも見てみたい!


「それで到着はいつくらいなの?」

「手紙の出された日からして――七日後かな?」



 ---



 あれからあっという間に七日経った。

 屋敷の門の前で待っていると立派な白馬と黒馬が引いた一台の馬車が見えた。


「お――――い!」


 あちらも俺たちに気付いたのか銀髪の男が手を振ってきた。


 馬車が到着すると先ほどの銀髪の男と茶髪の女、そして銀髪の少女が降りてきた。

 茶髪の女は降りて早々シエロとソフィアの方に向かったのだが少年は全く気にとめなかった。


 綺麗だ――。


 白銀の長髪が風によって波打つ少女の様子に少年は目を奪われていたのだ。

 そんな少年の横では銀髪の男がノールドに近づいていた。


「久しぶりだなノールド、互いに家を継ぐとこんなに忙しくなるなんてな。」


 銀髪の男がノールドの前に手を出してきた。


「あぁ、同じカルスティーニ領だからって油断していたな。」


 ノールドも少しだけ笑いながらその手を取った。


「紹介しよう、俺の息子のルーカスだ。」


 ノールドは俺の方に視線を向けてきた。


「お初にお目にかかります、ルーカスです。」

「おぉ、かなり礼儀正しいな――でも家名は言わないのか?」


 家名?確かに俺も知らないな。


「あれ?ルカは知らなかったか――確かに教えてないな。」


 ノールドはハッとした表情をした後、記憶を遡り状況を理解した。


「ルカ、家の家名はルピリアス・シャラスティアと言うんだ。由緒正しき家名だからしっかり覚えていくように。」


「はい!父さん!」


 少年は家名のかっこよさを気に入ったようだ。


「今度は俺の番だ、俺の名前はグレイブ・グラジミア・レディオラス、この国の騎士団長だ。休暇中だけどな。」


 銀髪の男は少年の前に立つと胸に手を当てて自己紹介を始めた

 この人があの騎士団長なのか、厳格な人だと思っていたが結構気さくな印象だな。


「レイナ、お前も挨拶しな。」

「はい!レイナ・グラジミア・レディオラスです!」


 銀髪で琥珀色の目をした少女――レイナは元気よく挨拶をしてきた。

 ソフィアみたいなタイプかな。


「よし!挨拶もこのくらいにして休暇は有限!街へ行くぞー!」


 グレイブの号令によって俺たちは街へと向かうこととなった。



 ---



 イベリアル大陸の中央から東に位置する国――カレア王国その東端であり、他大陸との交易地点でもあるカルスティーニ領首都マリエリアス。

 別名は海鏡かいきょうマリエリアス、南北に広がる半月状の海岸にある都市であり、約四千年前人竜大戦時に邪神の配下である四天竜の一体によって巨大な津波がカルスティーニ領を襲った際に当時最強の魔術師――雷将ルシェロが土将級魔術の地隆大楯ヴァコンティネントを使って防いだ時に出来たなだらかな階段状の土地を利用して数多くの家々が並んでいる。

 海側から見ると湾曲し階段状に連なった家々が鏡の様に見えるから海鏡と呼ばれているらしい。

 俺の家があるのは海鏡の南側の一番上で屋敷の表からは湾曲した美しい町並みが、裏からは美しい緑の大地と奥の方には森や山脈が見える。


 少年はノールド、グレイブ、レイナの三人と共に市場までの道を下っている。

 シエロと茶髪の女エリーザは身重のソフィアと一緒に庭でお茶会をするらしくこのメンバーとなった。

 

 花は少ないが微笑まし光景だな。


「マリエリアスの昼に見る景色も煌めいていて綺麗だが夜の船や街の明かりが海面に反射する様子もまた綺麗なんだ。」


 ノールドはレイナにこの街の良さを伝えている。

 対するレイナも終始目をキラキラとさせてノールドの話を聞いていた。


「パパ!見て!お魚にお肉にアクセサリー!見たことないものもいっぱい!」


 市場に着くと少女は見たことの無い景色に年相応な反応をしていた。


 海の近くの平地にある市場は蒼い海や傾斜のある大地に立てられた家々に挟まれていてなんとも言えない良さがあるからな。


 彼方此方の店を落ち着き無く動き回りその商品を見ている少女の反応は少年に生前の幼なじみを思い出させていた。


 あいつら――元気かな。

 いや、元気に違いないあんな事件が二度あってたまるか。

 遙か遠くにいる幼なじみを想いながら再び少年は歩みを進めた。



 ---



 屋敷へと帰った後、市場で買ってきた食材を使い裏庭でバーベキューをしていたらすっかり日が落ちて暗くなってしまった。


「あれ?レイナがいない!」


 レイナの母エリーザは娘がいなくなった事にいち早く気がついた。


「レイナちゃんもしかして森に?」

「何!?」


 ソフィアの推測にグレイブが声を上げて驚いた。


「今すぐ行くぞ!ルカ!お前はここで待ってろ!」


 ここの周辺の森は定期的に騎士団や冒険者が狩りをしているから強力な魔物はいないがまだ幼い子どもが一人で森に入るには危険すぎる。

 俺もまだ魔術は覚えても実戦経験は無いからな。


「ソフィアも待ってろレイナが帰ってきたら保護しといてくれ。」

「わかった!」


 ノールドにグレイブ、シエロにエリーゼの四人は月光に照らされた森へと走って行った。


「ソフィア母さん僕は街の方に捜索に行きます。」


 ソフィアは最初意味を理解出来なかったがすぐさま両手を叩いて納得した。

 レイナは夜景を見に行った可能性があるからな。


「え?あぁ、確かに!お願いできる?」


 答えは当然イエスだ。


「はい!任せてください!」


 少年は胸に手を当てニカッと笑った。



 ---レイナ視点---



 ノールドが言っていた夜の絶景を一目見ようと抜け出してきた少女はとある路地を歩いていた。


「どこ?ここ?」


 少女――レイナは街で迷子になっていたのだ。

 夜風の寒さに震えながら手当たり次第に歩いた結果とも言える。


「パパ――。」


 泣きそうにながらも歩き続けた少女は何処とも分からぬ路地の影で風をしのいで座った。


 どうしよう、私お家に帰れないのかな――。


 少女が体育座りで顔を伏せて泣きそうになっていると幼い少年の声がした。


「ビンゴ。」


 少年は左手の指を鳴らし、満足そうに笑っていた。


「さぁ、もう大丈夫一緒に帰ろう。」


 手を差し伸べてきた少年の月明かりに照らされた笑顔は英雄が助けに来たのかと思わせる程安心感を覚えた。

 少女の琥珀はその笑顔によって磨かれ、少年の姿を映していた。


「あっ――ありがとう。」


 涙か、それとも別の何かを見られたくないかのように顔を背けながらも感謝をする少女の反応を見て少年はある提案をした。


「家に帰る前に少し寄り道しない?」



 ---ルーカス視点---



 寄り道を提案したらレイナは頷いて付いてきてくれた。

 彼女に聞くとやはり昼間のノールドが言った夜景を見ようとして街へと向かったらしい。

 しかし、肝心の夜景は見えたが帰り方が分からなくなってしまい海のすぐそばまで来たと。


 月光の下、少年と少女は少し港から離れた所の広場に着いた。


 広場に着くと俺は石でできた塀に登り、レイナに手を伸ばして呼びかけた。


「こっちだよ。」


 少年に呼ばれると少女は手を掴み同じように石の塀へと登った。

 夜空を見上げると瞬く星々と赤、青、緑、黄色の四つの月が出ていた。

 そしてそれらを鏡の様に映す海と奥に見える営みの明かりの生み出す光景はとても美しかった。


「やっぱさ――。」


 少女が少年の声に振り向くと少年もまた少女の顔を見て笑顔で語った。


「海鏡で夜景を見るなら宙と海と陸――全部をまとめて見たときが一番だよ。」


 少女はそんな少年の言葉を聞くと再び風景を見返した。

 含まれる要素は混沌そのものだが何故か秩序のとれた美しい夜景を見て少女の琥珀は光を映し、再び輝いていた。


 嬉しそうでなにより。


 その輝きに含まれる光に自分が含まれているとも知らない少年はそんな少女を見て満足そうに微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る