第三話「異世界入門」

 


 俺がこの世界に転生してから二年の時が経った。

 乳児時代は出来ることが少なく色々と不便だったが、二歳になって前世の記憶も相まってかなり多くの事が出来るようになった。


 少年はこの二年の事を思い返しながら食事をしていた。


 最も大きいのは、この世界の言語を聞き取り、読めるようになったことだ。

 聞き取ることが出来た事によって自分の名前も知ることが出来た。

 俺の名前はルーカスと言うらしい。

 まだ発音は苦手だが、両親が読み聞かせくれた物語の単語を真似て言ったり、日常の会話からよくでる単語を言ってみたりと試行錯誤の結果だ。

 正直、前世の英語力を遙かに凌駕している気がする。

 ただ、この言語を学ぼうとする意欲や環境が功を奏したのかもしれない。

 赤ん坊の時は脳の働きが活発で色々と習得し易いとも聞いたことがあるが、本当に前世の肉体のまま転生とか転移をしなくて良かったと思う。

 どちらにしろ、初めてこの世界でしか出来ないことを達成したのは素直に嬉しい。


 頭の中で思考を巡らせているせいで手が止まっている少年の視界にスプーンにスープをのせた女性の手が入ってきた。


「ルカ、あーん。」

 

 既に食器を扱って自分一人で食事の出来る俺に自分の手から食べさせようとする女性はシエロという。

 俺の生みの親であり、青髪ロングでナイスボディの美女――いや、19歳くらいの少女のような人である。


「あーん。」


 差し伸べられたスプーンの食べ物を食べてしまう俺も悪いかもしれないが彼女の反応が良くてどうしても口にしてしまう。


 今度は反対側からスープを頬張るルーカスの頬を触る手が出てきた。


「ぷにぷに~可愛いね~。」


 俺の頬を触っているこの人物はソフィア、もう一人の母親だ。

 こちらも白髪の美少女なのだが、全体的にスレンダーなのと行動のせいでシエロよりも幼い印象を受ける。

 彼女は俺の産婆をしてくれた人物であり、もう一人の母親だ。


 しばらくすると、触る側も触られる側も幸せそうな空間を見守る視線にルーカスは気がついた。 


 俺たちの方に視線を向けているこの男はノールド、俺の父親だ。

 母親たちに釣り合うイケメンで、よく俺と母たちとのやりとりを見守っている。


 愛する者たちとそれを見守る父という何とも心温まる光景に少年は幸せを感じていた。


 あぁ、こんな幸せな日々が続きますように――。

 


---



 一年後


 三歳になり、発音が安定すると、両親たちとよく会話をするようになった。

 聞いたところによると、両親たちは元々幼なじみだったらしい。

 この国では一夫多妻制が認められており、幼なじみグループがそのまま家族になるのも珍しくないそうだ。


「父さん達は学園を卒業した後、他の二人と共に二年だけ冒険者をやっていたんだ。冒険者って言うのはな――。」


 この世界には冒険者が存在するらしい。

 前々から本の中で魔術師や剣士がやたら出てきたから怪しいと思っていたがここは完全にファンタジーの世界だ。


 やったぁぁぁ!


 以前から予想はしていたが、いざこの世界が自分の理想通りの世界だったと知ったルーカスは内心かつて無いほど喜んでいた。


 詳しく話を聞くとノールドは剣士、シエロは魔術と雑事、ソフィアは回復術士をしていたらしい。

 ただ、三人ともその道のプロという訳でもなかったので本気でやると言うより気楽に依頼をこなしていたらしい。


「俺の他にもう一人剣士がいてな、そいつは今この国の騎士団長をやっているんだ。」


 この国の騎士団長になるレベルの大物、いつか会って手ほどきを受けたいな。



--- 



 その日の午後、シエロに魔術の本を読んでみたいとねだったところ、書斎からこの世界で広く使われている魔導入門と書かれた本を持ってきてくれた。


 ファンタジーの世界と知ってからの少年の行動は風の如き速さであった。

 少年は早速手に入れた魔導への道しるべを読み始めた。


 本のはじめに魔術に必要なのは魔力と詠唱、又は魔導陣でこれらが揃っていれば誰でも最低限の魔術は扱えると記されている。

 目次を見ると本の序盤は魔術の基本知識や専門用語などが記されているようで、中盤から魔術の詠唱が記されていた。

 魔術は主に火、水、風、土の四つの種類があり、初級、中級、上級、極級という階級があるらしい。

 この本で学べるのは四属性の中級までと水、風、土の上級一つずつだ。

 剣士は練習と体作りをすればなれるからこそ、自分の魔力量が上昇することを期待して俺は魔術の研究と練習を始めることにした。

 

 元々物事を観察する事が好きだった少年にとっての得意分野である。


 魔導入門には魔力量は生まれ持った才能で個人差があり、修行による伸び方も違うらしい。

 また、伸びる人でも初期から二倍程度でほとんどが才能で決まるとある。

 魔力切れを起こした人間は気絶してしまうので自らの限界を知るようにとも記述されている。


「少し突っかかるな――。」

 

 物語の世界では魔力量は増加するパターンがあると知っている少年は一抹の疑問を抱いた。


 取りあえずは家の中でも出来る魔術で実践だ。


 今悩んだところで変わらないと知っている少年は行動を起こした。 

 目次に戻り、部屋で使えそうな初級魔術を探したのだ。


 火は論外、風は見にくいし、土は――何か残りそうだな。

 やはり主に攻撃用じゃ無い水魔術だろうか。


 少年は魔術の説明欄を読みあさった。


「これいいじゃん。」


 少年が選んだ魔術は水球アクアボール、水の球を生成・発射する魔術で主に水の生成や水やり、火魔術の阻害阻害レジスト目的で使う水の初級魔術である。


 すぐさま両手を前へと突き出し詠唱を始める。


「水の精霊アズリアよ、その清らかなる恵みを我に与えん、水球!」


 少年の体から何かが抜けていく感触と共に目の前に綺麗な水が浮かんでいた。


 成功だ!本にある通り詠唱と魔力で魔術は出来るんだ!

 

 しかし、この感覚は何だ?体を奔る何かを感じる――これが魔力か!

 おぉ!若干気持ち悪い!

 何というか――ムズムズする。


 夢にまで見た魔術に対しての感想はひどいものであった。


 それより!魔術が使えるなら気になったあのことをしなければ!


 少年は窓際へと歩き始めた。


 さてと、俺は一体水球何発分の魔力を持っているか確かめなきゃな。

 というか詠唱破棄とか無いのか?

 一発一発詠唱してたらこれ夜までかかるかもしれんぞ。

 

 少年は何とか魔術を効率化しようと歩きながら手を見て念じ始めた。


 こう――さっきの魔力の流れを外に出すような――。


 チャポンッ


「あっ」


 先ほどの感触を思い出しながら少しだけ挑戦すると少年の手の先には水球が若干生成された。


 これは――魔術の効率を跳ね上げる大発見だ!

 

「本の著者やこの世界の人が知らないことを発見できたのかも!広く普及されているのに詠唱破棄や無詠唱についての言及が無いことから確実だろう!」


 思わず口に出してしまった上に早口であることからも少年がどれだけ興奮しているかは明らかであった。


 詠唱しなくていいならこれからやる実験も楽になる。

 

 少年は緑の大地が続く外へと手を向け、再び念じながら水球を使った――。



---



 一ヶ月後、魔術や魔力について、いくつかのことが分かってきた。

 まず、幼児時点での魔力量上昇は魔力回復前に使用した魔力量分上昇する。

 筋肉と同じで魔力も使えば使うほど増えていくのか――いや、魔力を貯蓄する器官が強化されているといった所だろう。

 魔力が無くなると気絶するのはこの世界の人体組織は魔力で機能の補助がされていて一定値を下回ると人体組織が最小限の力、又は本来の力のみで機能し活動出来なくなるのなら納得できる。


 


 次に、詠唱と魔術発動までの流れだ。

 水球の場合、体内の魔力を水に変換しながら質量の設定、発射速度の設定、発射となっていた。

 詠唱する言葉もこれらに対応している――つまり、詠唱とはプログラミングである。

 水の精霊という一節は魔力を水に変換するためのプログラミング言語なのだ。

 これより上位の魔術になると硬度や材質、熱量を操作するための節も出てくるだろう。

 詠唱に新たな要素を加える事が出来たら反作用の無い魔術で空が飛べるかもしれない

 

 少年はベッドの下に隠している紙とペンで調べた結果を書いていた。


 詠唱に加え、魔力の性質も分かってきた。

 魔力の回復方法はおそらく、自分以外の物質の中にある魔力を自分の魔力に変換させることで回復している。

 これは以前、砂時計を用いて食事後すぐに魔力を使い切り気絶した時と食事をしてからかなり時間が経過した状態で気絶したときを比較した結果分かったことだ。

 もし、これと同じ事を再現できれば自分は魔力を一切使わず魔術を発動可能かもしれない。

 実際、自然物の魔力に作用する魔術もあるし、詠唱なしの魔術を極めれば夢では無い。

 最後に詠唱なしの魔術――無詠唱について。

 無詠唱魔術は意識して魔力を変換・調整しなければいけず、体が覚えて即座に発動出来る様になるまでは詠唱した方が早い。

 しかし、意識して魔力を操るということは詠唱に無い操作を入れ、既存の魔術を応用した使い方が可能だ。

 どちらにしろ極めれば最強クラスの能力には変わりない。


 メモをした後、先週習得した土魔術の土球ソイルボールで作った土塊に魔力を送り続けているが別に大きくしたり小さくしたりするわけでも無くグニャグニャと形を変えながら回転させるだけである。

 

「魔術は可能性に満ちている――どこまで行けるか試してみるか。」


 自分の行く未来を定めた少年の蒼い双眸は闇夜の中で煌めく星を写していた。


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