第二話「夢の中で」

 

 ん――冷たい――。


 寝心地の悪さで、永遠の眠りについたはずの少年は目を覚ました。


 ここは――どこだ?というかなんで意識があるんだ?天国?


 目の前に広がる白い霧の世界に少年は困惑していた。

 しかし、その現実離れした景色が少年に死を実感させた。


「まぁ――確実に死んではいるな。」


 ため息交じりに少年は周囲を観察し、特に何も見えないことを確認すると少年は仰向けに寝転がった。


 いざ退屈な日々が終わると少し心残りが出てくるな。

 約束守れなかったし。


 思いがけず終わった日常を思い返しながら、現状を把握しようとしていると一つの考えが浮かんだ。


 あ――これあれか、転生系主人公とかが転生前に来てギフトとかスキルとか貰っちゃう空間か。


 得心がいったという様子で拳で掌を叩いた。


「でも――誰もいないな。」


 少年はキョロキョロと辺りを見渡したが人の気配を感じることは出来なかった。


 こういうのって誰かいるなりして言葉を交えるものじゃ無いのか?


 自身の知識から導き出された答えが正解か確かめるために少年は一つの考えに至った。


「探検してみるかな。」


 少年は立ち上がり霧の中へと歩みを進めた。

 だが、少年の予想に反して景色の変化はすぐに現れた。

 数歩歩くと目の前に無数の本が収められた本棚が現れたからだ。


「なにこれ、本棚?というか一体どこまで続いてるんだ?」


 霧で視界を遮られているからかもしれないが縦と横どちらも果ては一切見えない。

 取りあえず一冊読んでみようかな。


 少年は一番近くにあった本を取り、パラパラとめくり始めた。


 一応日本語で書いてあるんだな――あれ?


 少年は内容には目を通さず、形式だけを見ていた。

 それでも本の後半に差し掛かるとある異変に気が付いた。

 白紙のページにものすごい勢いで文字が書き足されているのだ。


「うわ!!」


 その異様な光景に少年は思わず持っていた本を落としてしまった。


 何なんだこの本は?


「フヨウ――シコウガ?」


 恐る恐る落とした本を拾いタイトルを見るとフヨウ・シコウガと書かれていた。


 誰かの名前?いや、キャラクターか?


 キャラクターだとしても何で設定資料が死後の世界にあるんだ?


 少々気味悪くなった少年は拾った本を元々あった場所に戻した。


 まさか――ここにある本全部がこうなのか?


 少年は後退りをし、後ろを振り返った。


 すると、霧の向こうに座った人間程の影が見えた。


 もしかして、他にも誰かいるのか?


「お前は誰だ?」


 少年は思わず疑問を声に出した。

 しかし、その声に影は応えなかった。


 返事がないただの屍のようだ、俺も死んでるけど。

 というか、人であると決まったわけでも無いか。


 それでも、少年は下手に近づこうとは思えなかった。

 少年はどうにかしてその場から影の正体を知ろうと目を凝らした。

 その瞬間だった。


「は?」


 突如として足場がなくなり浮遊感に襲われた。


「なんでぇぇぇぇぇ――」


 少年の絶叫は霧の中で鳴り響き、やがて消えていった。



 ---



 ん――温かい――。


 寝心地がよく熱源に向かって頭を擦り付けると違和感を感じた。


 あれ?柔らかいけどしっとりしていて人肌みたいだな。


 二つの瞼によって閉ざされていた瞳に光が入り、少年の脳に情報を流し込んだ。

 目の前には女性の胸があったのだ。

 寝起きの元少年は鈍く、特に反応すること無く視線を上へと向けた。

 すると目に涙を浮かべた美しい青い髪の美女が視界に入ってきた。

 女性は呆気にとられた顔をして元少年を見ていた。


 何でこの人は泣いてるんだ?


 違和感を感じた元少年は右手を挙げた。


 しかし、視界に入れると明らかに赤子の手だった。


 俺、転生してね?

 ということはこの人は今の俺の母親?


 元少年は転生し紺色の髪の赤子となったのだ。

 母親と赤子がポカンと見つめ合っていると母親の両脇から黒髪の男性と白髪の女性が声をあげながら赤子の視界に入ってきた。

 二人とも母親同様に目に涙を浮かべている。


「-・--・・--・-・-・・---・-!」


 男性の方は青い髪の女性――母親の肩に手を回し母親の頭を撫でながらこちらを見てきた。

 行動的にこの男は父親だな。


「-・--・・-・・・--・-!」


 女性の方は母親に抱きつき何かを言い、返事を貰うと俺の方に手を伸ばし抱き上げた。

 この人は俺にとってどういった立ち位置の人なのだろう。


「・-・・-・-・-・-・--・-。」


 女性は赤子を抱き上げると満面の笑みで頭を撫で始めた。


 意味不明な言語を使っているせいで何て行っているか分からないが綺麗な人に可愛がられているしまぁいいか。


 頭をなでられ満足げな顔でいる赤子を今度は父親が抱き上げ、何かを話しかけた。


「・-・・・・・-・-・-・・・・・・--・-・・-・」


 父親に微笑みながら言われた言葉は何故か俺を褒めていた気がした。

 よく分からないけど嬉しいな。


 嬉しくなった赤子は自然と笑顔を浮かべ両親達に一生の思い出を遺した――



 ---



 四時間程経っただろうか、俺はベビーベッドに寝かされ両親達はしばらく起きて見守っていたが疲れたのか三人とも今は瞳を閉じて夢の中だ。

 母親や謎の女性の髪色を見て判断するに、ここは異世界で間違いないだろう。


 赤子は部屋の様子を観察し始めた。


 天井にはおしゃれな植物の装飾があるし、部屋自体の内装も豪華だ。

 おそらく異世界の上流階級の家に生まれたと考えて問題なさそうだ。


 分析結果から導き出された答えに少年は心を躍らせていた。


 この世界には魔術や魔法、不思議な力もあるかもしれない。


 赤子は頬に笑みを浮かべながら誕生を仰いだ。


 どちらにしろここは夢の異世界だ。

 やれることはやれるだけ挑戦して悔いなく生きていきたい。


 赤子は目を瞑り深呼吸をした。


 俺は、夢の世界で何をしよう?


 転生した少年は自らのこれからに決意を固め、自問しながら深い眠りへと落ちていった――



 ---父親視点---



「この子なんで泣かないんだろう――念のため回復魔術掛けとくね。」


「たのむ、ソフィア。」


 産婆をしてくれた妻のソフィアが息子が泣かないことを気に掛けている。

 息子は生まれたばかりなのに泣かないし、寝ているままだ。


「ノールド、この子大丈夫かな?」


 心配性なもう一人の妻――今まさに息子を産んでくれたシエロは目に涙を浮かべ俺に問いかけてきた。


「大丈夫、泣かないのは大物になる証さ。」


 シエロの不安を拭うため昔聞いたことがある言葉を言った。

 とはいえ俺も不安だ、万が一息子に何かあったら――

 しかし、そんな不安はすぐに払拭された。


「あ――ぅ――。」


 息子は寝起きのような声を上げポカンとした顔でシエロの顔を見上げた。

 すると先ほどまで泣いていたシエロは泣き止み、同じようにポカンとした顔をしていた。


 ただ座っているだけではいけないとノールドは息子の名前を呼びながら母子に近づいた。


「シエロ!ルーカス!」

「シエロー、ルカー良かったよー。」


 それと同時にソフィアも二人の名前を呼びながら抱きついた。

 ソフィアはシエロの体に顔を埋めた後すぐさま質問した。


「ねぇ、ルカを抱っこしても良い?」

「うん。存分に甘やかしてあげて。」

「やった!ルカくーんソフィアお母さんだよー。」


 ソフィアはかわいいものが大好きだし今日を楽しみにしていたからか嬉しそうにルーカスを抱き上げ撫でている。

 ルーカスも気持ちよさそうだ。


 ルーカスを抱いたソフィアをノールドが見つめているとシエロは彼の目に涙が浮かんでいることに気がついた。


「あれ?ノールドも泣いてる?」

「ん?これはうれし涙だよ。」


 照れ隠しとかでは無く本当にうれし涙なのだ、この景色は俺一人では見ることが出来ないかけがえのないものだから。

 だからこそこの言葉を伝えたい。


 ノールドはシエロの方を向き抱きかかえながら言った。


「ありがとう、シエロ。」

「どういたしまして?ふふっ」


 シエロもはにかみ笑いをしながらその気持ちに応えた。


「そうだ、ルカを抱いてあげて。」


 シエロはまだノールドがルーカスを抱いていない事に気がつき提案した。


「そうだな、ソフィア交代してくれ。」


 ソフィアから優しくルーカスを受け取るとそのぬくもりが伝わってきた。

 あぁ、この子が俺たちの初めての子か――。


 ノールドはルーカスの美しい双眸を見つめ、再び感謝の言葉を口にした。


「ルーカス、生まれてきてくれてありがとう。」


 ルーカスはノールド言葉の意味を理解したのか柔らかな笑みを浮かべた。


 そして、その笑顔は彼ら家族にとって忘れられない時間を創り出した――



---???視点---


 

 白い霧の中――大量の本に囲まれた一つの影があった。


〈ルーカス・ルピリアス・シャラスティアの誕生を確認。〉


 若い女性の声であったがその言葉に感情は無かった。


〈予定通り、移行と最適化を開始――〉


 感情は無いが生物らしさのある不思議な声はとある時間を告げた。


〈調整期間は18年。〉


 声の主しか知らないその時間は刻一刻と迫り、数多の運命を変えていくことになる。

 しかし、その先で待ち構える未来は、まだ誰も知らない。


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