Imagine World 夢の異世界で何をする? 旧版
浅芽 真優
第一話「Anfang」
この世界は退屈だ――
曇天によって薄明のまま開けた朝、一人の男子高校生は目を覚ました。
艶のある黒髪に黒曜石のように煌めく黒目の――物語の主人公と比べれば普通としか言えない一般人。
子どもの時、
高校生になった今は様々な物語の世界に憧れた。
物語の主人公達は非日常の中、戦い大切な人とのあり得ないような生活を過ごす――憧れないはずが無い。
しかし、現実には戦いどころか主人公達が体験するような日常すら起こらない。
まぁ、実際問題怪獣や怪人なんかに襲われないほうが良いけどさ。
この世界の平凡さに飽きた少年は今日も学校へと向かう支度をする。
テレビを付ければ、本を開けば、すぐそこにある物語を感じることは出来る。
だが、どれだけ夢想しても体験することは出来ない。
〈私たちの奏でる音楽は誰かを幸せにできる最っ高の力を持っているんだよ!〉
無意識に付けたテレビからは物語の終盤を迎えたアニメの予告が流れてきた。
「よしっ」
テレビを消し、扉を開け、家族への挨拶を済ますと少年の退屈な日常がまた始まる。
「いってきます。」
曇天の中、街を歩けば様々なキャラクターのポスターやグッズという彩りが、この無色に近しい世界に現実を突きつけてくる気がした。
---
この世界は退屈と言ったが、楽しみが無いわけでもない。
この無色に近い現実にも俺に色を、光を、見せてくれる者がいる。
「おっは~!」
高校に着き、教室に入るとこんな曇天でも明るく挨拶をしてくる女子がいた。
「おはよう。勇翔、一華。」
メガネを掛けた長身の青年――大空勇翔。
元気はつらつで少し茶髪の先ほど元気よく挨拶をしてきた少女――百瀬一華。
二人とも大切な幼なじみだ。
「なぁ昨日の澄ま恋の展開やばくない?まさかあの――」
勇翔は藁にもすがるかの勢いで昨日のアニメの話を少年に振った。
「ちょいちょい、開口一番ネタバレはやめてくれよ俺まだ見てないんだからさー。」
勇翔の振りを無情にも切り捨て、少年は単調に返事を返した。
お前はもう少し一華と進展しろ。
二人の幼なじみが互いに想い合っているが、お互いどうしても恥ずかしいらしく全く進展しない。
こちらがそれに気付いてから最初の頃は固唾を飲んで見守っていたが一年経てば緊張も緩まりもどかしさもでてくるものだ。
勇翔の悪い癖は二人でいると気まずく感じて俺が来たらすぐ話しかけてくるとこだな。
幼なじみ二人の恋路に悪態をつきながら冷静に状況を分析する少年だが、少年はこのもどかしさを糧に人生を生きているのだ。
「それにしても、お二人さんはこんなに暗い天気で元気だね~。」
からかってやろうかな~どうしようかな~。
ラフな口調で話しかけながら少々意地の悪い少年は次に行う手を頭の中で巡らせた。
――――――ドガン!
少年が意地悪をしようと思考を巡らせていると、現実離れしたほどの轟音が校舎全体に鳴り響いた。
「なになに?雷?!」
一華は喜々としながらこうしつの窓際の方へと視線を向けた。
「いや、今朝警報なんて出てなかったぞ。」
勇翔はスマホをいじり始め、今日の天気を再確認し始めた。
「――――。」
先ほどの雷に違和感を感じた少年は一人静かに考え始めた。
雷にしては聴いたこと無いほどの音だったな――。
しかし、別の教室から女子の声で悲鳴が聞こえただけで他の人たちは特に反応を示すことは無かった。
「ちょっと窓の外見てこよーっと。」
「あっ俺も。」
好奇心旺盛な一華はすぐさま窓の方に向かい勇翔もそれに追従して窓際へと行ってしまった。
おかしい。何か胸騒ぎがする。
まるで、物語が急に進む前のような――。
体験したことの無い違和感に少年がより思考を深めようとしたその時だった。
――――――ドゴン!
轟音が再び校舎に鳴り響いた。
先ほどと違うとすれば、天井から瓦礫降り注いできた事だろう。
「――――はぁ!?」
人生で一度も目にしたことの無い景色に少年は思わず声をあげて驚いた。
終わるのか?俺の退屈な日々は?
こうした状況でも少年は自らの日常に刺激を――彩りを求めていた。
恐怖に戦慄く生徒達の声をバックに天井が崩れて降ってきた砂埃の中に黒い影が見えた。
「誰だお前は。」
「ウガウルルル!」
少年の無意味な質問に対して砂埃の中たたずむ影は自らの存在をこの世に知らしめすように咆哮をした。
「キャ――――!」
生徒達は阿鼻叫喚し、教室の出入り口から外へと逃げていった。
早く逃げないと・・・・・・死ぬ!
死を予見し、逃げようとした少年だが怪物の矛先に気がついた。
「一華!おい一華!しっかりしろ!」
向かってくる怪物んど見えないかのように愛する者の名を呼び続ける少年。
そして、瓦礫が当たったのか体の支えを失ったかのように倒れている少女。
やるしか無いのか――!
大切な友人で生きる意味でもある者のピンチにこの世界に英雄が生まれた。
「ばかやろぉぉぉぉぉう!」
友人に対する叱責の言葉と共に学校の椅子を伝説の剣の様に扱い現れた少年。
怪物の頭に備品の椅子を叩き付け、その反動に顔をしかめながらも大切な者を守るために前へと躍り出た。
「お前の相手は俺だ怪物!」
少年は言葉を解さない怪物に向かって声をあげ挑発を行った。
怪物を観察すると狼のような頭部に鋭く発達した両腕の爪、黒と青の体色、この世の生物で無いことは明らかであった。
こいつは校舎を破壊できるほどの力を持った怪物一撃でも食らえば良くて病院送りかな。
緊張の奔る中、少年はその双眸を酷使して逆転の兆しを探していた。
こいつは多分この世界の理から逸脱している――つまり、命を使った足止めしか手は無いかもしれない。
せめて使いやすそうな瓦礫はないのか!
――――っ!!
瓦礫の中、怪物と同様にこの世の理に反したものを少年は目にし逆転の兆しを見出した。
「ウガルルル!」
怪物が吠え、その鋭い双爪を振り下ろすと少年は何とか避けた。――左腕を犠牲にして。
「みっくん!」
勇翔は隻腕となった少年を想い、思わず声をあげた。
「心配は良いから!お前は一華を背負って逃げろ!」
少年は逆転の鍵を掴むと友人とその想い人に逃げるように指示した。
「お前はどうするんだよ!」
謎の地震に満ちている友人の発言に勇翔は疑問を抱いて反論した。
しかし、友人の――幼なじみの顔にはこれまで見た中でも屈指の笑顔が宿っていた。
「これがあればお前ら二人を逃がすことなんて造作も無いよ。」
ただ、覚悟を決めないとな。
少年は人生で一番と言えるほど静かで万物を見通すためのような深呼吸をした。
――覚悟は出来た。
少年は覚悟を決めるのにさほど時間を要さなかった。
「鎧――装っ!」
全身を黒い霧が包み込み、体の至ることで凝固し、禍々しい鎧を型どった。
鋼の心を持った戦士のみが使える力――かつて、とある物語の登場人物が使い命を落とした力。
断罪剣リューゲテミス――使用者に絶大な力を与える対価として生命力を奪う剣。
「勇翔!一華と一緒に絶対逃げろよ!」
友を送る少年の言葉は力強く、背中を押してくれるような感覚がした。
「絶対にお前も来いよ!約束だからな!」
だからこそ、友人がどこかへ行ってしまわないように縛りを加えた。
約束は絶対に破らない友人を信じて。
「みっ――くん?」
はっきりとしない声で幼なじみを呼ぶ声が背後からした。
「約束――だよ――。」
これまでのやりとりを聞いていたかのような発言に友人は笑いながら応えた。
「あぁ!約束だ!」
その言葉を信じ――崩れた教室を二人の友人は去って行った。
「悪いな。約束守れなそうだ。」
少年は謝罪した。
この力の本質を知らない友人を尻目にして。
「なぁ怪物、お前は夢の未来で何をしたい?」
言葉を話さぬ怪物に向かって意味の無い質問をするほど余裕を持った態度しかしそのたたずまいは勇ましかった。
「友愛の戦騎、俺はお前をここから一歩も通さない!」
覚悟を言葉に現し、少年は怪物に向かって立ち向かった――
---
灰色の空から降り注ぐ冷たい雨に打たれながら二つの影が横たわっていた。
片方は先ほどまで暴れていた怪物――胴体を両断され血だまりに浮かんでいる。
もう片方は隻腕の少年――運動部に入って常日頃鍛えているわけでも無い者は力不足であり、ほぼ全ての命を使い切り、蝋燭の炎よりも儚い命の灯火が消えるのをただ冷たい雨の中、床に突っ伏して待っていた。
あーあ、初めて約束を破ってしまいそうだなぁ。
血と雨の混じった水影から、大きな穴の開いた窓際を眺めと外の景色が少し見えた。
耳を澄ますと雨音混じりに野次馬の声や救急車のサイレンが近づいてきている音が聞こえる。
雨が強まりそれらの音もかき消されると少年は物思いにふけった。
勇翔達しっかり逃げれたかな――澄ま恋まだ終わってないじゃん続きどうなってんだろ――死んだらどうなるのかな地獄にでも行くのかな――
暗然とした空のもと、降りしきる悲しみの雨の中で一つの命の灯火が消えた。
思い出と約束を遺して――――
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