第五話「レイナの魔術特訓」

 

 レイナを探したあの日の夜から八日が経った。


 あの日からレイナとの仲が深まり八日間砂浜へいったり、平原へ行ったりし、かなり親密な関係になった。

 今日俺はレイナを連れて裏の平原へと向かっている。

 十分ほど歩いて森と平原の境界にある小川まで来た。

 事の発端は五日前、同じ部屋で寝るときになった際、急に起きたレイナに魔力量増加訓練をしている姿を見られてしまったからだ。

 両親たちにまだ伝えていなかった俺は交換条件として無詠唱魔術を教えると約束していたのだ。


「レイナ、今日見たことは一応父さん達に言わないでおいてくれ。」

「ん?分かってるわよ!」


 レイナは一瞬首をかしげたがすぐに頷いてくれた。

 無詠唱魔術は研究中だが広まっていないことについての仮説はある。

 出来ればその道の専門家に聞きたいところだがリスクもあるから手詰まりだ。


「レイナ見てて。」


 少年は川の水を浮かび上がらせそこにいた魚を水球の中に隔離した。


「無詠唱はとても自由度が高い魔術だ、流れを理解し魔力を感じ取ることが出来れば既存の魔術を――水球だってこんな感じで操れるんだ。」


「すごい――。」


 レイナは口から声を漏らしながら目を輝かせ水球の中で泳ぐ魚を見ている。


「ただし――」


 少年は話を続けた。


「自由度が高すぎる故により残虐性の高い魔術も使えるようになってしまう。」


 そう言うと少年は水球に追加で魔力を送り魚を内側から貫く氷の針を生み出した。

 少女は少年の行動に意義を唱えるべく顔を上げたが、少年の蒼い双眸は深海の様な闇を宿し真剣な表情をしていた。


 俺が考えた無詠唱の広まっていない理由――それは無言で放たれる回避不能の魔術を悪しき者が扱い多くの死者を出さないためというものだ。

 考えすぎかもしれないが万が一広めてしまい虐殺の原因を作ってしまったらこの先第二の人生を謳歌できるとは思えないし念には念をだ。


「分かったかな?」


 先ほどから一変し、できるだけ笑顔を意識して少年は少女に問いかけた。


「分かった。教えてルカ。」


 こうしてレイナの無詠唱特訓が始まった。



 ---



「まずレイナは魔術を使ってみよう。」

「うん!」


 少女は待っていましたと言わんばかりの返事をした。


 元気でよろしい。


「はい、それでは手を前に出して詠唱開始!」

「水の精霊アズリアよ、その清らかなる恵みを我に与えん、水球!」


 前に突き出された少女の小さな手の前にこぶし大の水球が生成された。


「ねぇ!これで来たのよね!」

「よし、それじゃ何か体に違和感は無い?」


 無詠唱は恐らく魔力の流れを感じることが必要だと思う。レイナが出来なければ才能で可か不可かが決まっているのだろう――年齢もあるか?


「わ!ルカ!何これ変な感じがする。」


 成功か。


「変な感じがしたらその変な物を外に押し出しながらもう一度水球を念じてみて。」

「わかったわ。」


 少女は目を瞑りうぬぬと力を込めながら水球をイメージした。


 チャポンッ


「ルカ!」


 レイナが目を開け嬉しそうにこちらを見てきた。


「成功だよ、おめでとう。」


 少年も笑顔でそれに応えた。


「やったぁぁ!これで私も魔術師になれる!」

「あれ?レイナはグレイブさんと同じように剣士になるんじゃなかったけ?」


 少年は少女の意外な反応に首をかしげた。


「剣士にも成るの!私は雷将みたいに剣術と魔術を両方使いたいの!」


 雷将ルシェロ――この海鏡を創った歴代最高クラスの魔術師か、まさか剣術も扱える両刀型だとは。

 彼を超えるのを目標にしようかな。

 少年が間換え込んでいる横で少女は水球を鼻歌交じりにいくつも出していた。


「あれ?――」


 突然少女は緑の大地へと吸い込まれるように倒れた。


「レイナ!」


 視界の少女が突然いなくなった事で異変に気がついた少年は急いで少女に駆け寄った。


「ごめんレイナ、無詠唱は魔力を調整しないと使い過ぎちゃうってことを言い忘れてた。」

「うぅ力が出ない――おんぶ。」


 そうだな、もう魔力切れで気絶寸前といったところだ。

 少年は少女を背中に担いぐと背中に当たる柔らかな感触に顔を赤らめた。


「レイナ今日言ったことは――」

「分かってるってば――。」

「ありがとう。」


 心配のしすぎかもしれないが万が一レイナが広めてしまったことで最悪の事態が起こり、それで心を痛められても面白くないしな。


「ルカ、明日はさもっとすごいの教えて――。」

「分かってるよ。」


 少女の譫言に応えながら二人の子どもは家への帰路を辿った。



 ---



 翌日再びあの小川まできた。

 今日はレイナには悪いが少しだけ実験を手伝って貰う。


「今日は初級土魔術の土弾ソイルバレットを使って貰いたいんだけど。」

「わかったわ!」


 相変わらず良い返事だ。


「じゃあまず詠唱しないで無詠唱から始めよっか。」


 レイナは昨日の水球を出したときのようにうぬぬと目を閉じながら念じていたが全く魔術が発動することは無かった。


「出来ないかーじゃあ今度は初級水魔術の水弾アクアバレットをやろう。昨日の水球を飛ばす感じでやってみて。」


「うん。」


 土弾が出来無かったレイナは少し落ち込み気味ながらも手を前に出し念じた。


 ビシャンッ


 今度は水が手の前に生成され、対岸の木にめがけて飛び弾けた。

 その後も火魔術や風魔術を詠唱させずに初めて使わせたが水魔術以外は成功することが無かった。

 こうなるとやはり無詠唱は一度でも良いから魔力を火、水、土、風に変換させる必要がありそうだ。


「ごめんレイナやっぱり一度は詠唱しなきゃ無理っぽい。」

「あぁーもう!次はちゃんと教えてね!」

「じゃあまずは――」


 先ほどまでうなだれていた少女は再び立ち上がり、少年の指示通りにその綺麗な声で詠唱を始めた。



 ---???視点---



 ルーカスとレイナが練習している小川の向こうにある森――海鏡マリエリアスを守るように南北に深く生い茂ったジョウリョの森に一人の遭難者がいた。


 真珠のように艶やかなクリーム色をした長髪を携え、その上に白と緑の生地に金の紋章が入ったいかにも魔術師が身につけそうな帽子を被ったエルフの少女。


 街道を歩けばマリエリアスはすぐそこだって言ったのは誰だ。


 少女の双眸はエメラルド色であったが疲労の蓄積によって輝きを失っていた。


 何度目だろうこうやって遭難するの――。


 彼女は知る由もないがカルスティーニ領首都マリエリアスへと続く北の街道を歩いていた少女はどういうわけか南側の森林部まで来てしまったのだ。


「はぁ休憩――。」


 倒れた木の幹へと腰掛け背負っていた鞄の中から袋を取りだしそこに保存していた木の実を食べ始めた。


 もちゃもちゃといった擬音が聞こえてきそうな力ない咀嚼が終わると少女は天を見上げた。


 ここで飢え死にするのが私の運命なのかな――。


「何で魔術には周辺を探索するものが無いんだよ。」


 思わず愚痴を零したがかなりのピンチである。

 先ほど食べた木の実は最後でこの時期この辺に生えている木には木の実はない。


 いや、ここで終わるのは嫌だ。


 少女は近くにあった食べられそうな草を毟ると、それを咥え鞄を手に取り再び森の中へと歩みを進めた。

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