第9話

[どういうこと?]

【何が?】

[星川のこと!]

【びっくりした?】

[したよ]

【ドッキリ大成功!】


 ドヤ顔をする可愛らしいキャラクターのスタンプが一緒に送られてくる。


[そういうのいいから]

【彼女にも色々あるのよ、面倒見てあげてね】

[いや、こちらが面倒見られる側なんだが]


 こんどは笑い転げる憎たらしいキャラクターのスタンプが送られてくる。


【拓海にとっても悪い話じゃないでしょ?上手く付き合ってあげて】

[わかったよ]

【それと、一つ大事な話があるんだけど……】


 大事な話……言葉を濁されて少し待たされる。言い難い話なのかと待ち構えていると新しいメッセージが届く。



【学生のうちはちゃんとゴムしなさい】

[うるさい!!]


 怒り狂うアニメキャラのスタンプを送ると、先ほどの笑い転げるキャラクターのスタンプを連打される。そこは普通手を出さないように嗜める所だろ。


【パパの朝ごはんの時間だから、また今度】


 朝、昨日のことをメッセで母さんに聞いたけどやっぱり公認だった。茶化された上に聞きたいことも余り聞けないまま会話を閉められてしまう。そちらで自由にしろということか、もしかしたら何かしらの取引や秘密にしていることがあるのかもしれない。


 俺との事があったとはいえ、高校生の一人暮らしなんて他に何か深い理由があるのかもしれない。まぁ母さんと星川の叔母さんは昔から仲良いし、星川本人とも定期的にやり取りしてたみたいだ。話してくれるのを待つか、時期を見て聞いてみるか。


 ぴんぽーん


 そんなことを考えてるとインターホンがなる。準備は済ませてあるのですぐに玄関に向かう。


「おはようございます」

「おはよう」


 玄関を開けると星川が澄ました顔で立っている。昨日も散々見たけど、整った顔立ちに、朝の日差しに少し細められた目がとても魅力的すぎて、こんな近くにいるのになんだかすごい遠い存在のようにも感じてしまう。


 長くて綺麗な髪は風に揺れ、日が差し込み神秘的にすら見える。スタイルはすらっとしていて、でも出るところは出ていてブレザーの上からでも目に付いてしまう。まだまだ昔のイメージが強いので、そのギャップを早く埋めないとだな。綺麗に成長した彼女を見るたびに照れくさくなってしまうので困る。


 昨日連絡先を交換した後、まず何を送ればとうんうん悩んでいたら彼女のほうからメッセが来た。まだ学校までの道が不安だから一緒に行って欲しいとのお誘いだった。


 証拠として撮った写真も一緒に送られてきて、そっちは大事に保存した。


 こちらとしては話したい事もまだまだたくさんあるし嬉しい提案だったけど、こうしていざ対面すると、何を話そうか頭がごちゃごちゃしてしまう。


「遅刻しちゃいますよ?早く行きましょう」

「そうだな」


 星川に促され、玄関の鍵を閉め歩き出す。学校まで徒歩だと30分ぐらいと伝えてある。バスを使えば短縮できるけど、混雑もあるので定期は買わず、その時の状況次第でたまに使うようにしてる。今日は星川の案内もあるので最初から徒歩だ。


 会話もなく移動を始める。ちらっと彼女を見ると、昨日の話で思い違いだったことが解消されたためか、最初に会った時とは違いその表情は楽しげで、それを見て俺のほうも口元が緩んでしまう。いや、いかんいかん。色々聞かないと。


「なぁ」

「なんですか?」


 質問しようとしたら何故だかすごい嬉しそうに顔をこちらに近づけてくる。近い近い!何を期待してるのかわからないけど、大した話じゃないんだが。


「いや、こうやって一緒に登校するのも久し振りだなと思って」

「……そうですね」


 聞きたいこともまとまらず、何気ない話題を振ったのだが、星川は何かかみしめるようにそう言うと、少し間を置き話を続ける。


「また一緒に学校行けるの、すごい嬉しい……です……」

「そ、そうか……そうだな」


 それだけで幸せで、なんだか後のことなんてどうでもよくなりそうだけど、そこは流されずに、とりあえず言うことだけはいわないと。


「あれだ。とりあえず今後の家事の割り振りとか、学校でどうするかとか決めようと思うんだけど。今日星川さんの予定どう?」

「予定といわれても、ちゃんと毎日お夕飯は作りに行くので。お掃除やお洗濯の頻度など、そのときにでも教えていただければ」

「毎日!?」

「そのつもりでしたけど……」

「星川さん大変だろそれ。仕事なんだから、お休みもちゃんと入れないと」

「毎日はお邪魔するのは駄目ですか……」


 毎日するのがさも当然のように言われてしまった。星川だって学校があるのだから毎日は無理だろう。なのでそう提案すると、星川は少し残念そうな、しょんぼりとした顔をされてしまう。


「べ、別に遊びに来る分には何時来てもいいから。仕事としてはどこまでやるかちゃんと決めよう。こちらも全部やらせるわけには行かないし」

「行ってもいいの!?」

「あ、ああ」


 なんでそんなうちに来たがるのか。一人暮らしで寂しいとかなんだろうけど、こちらがどぎまぎしてしまう。若い男と2人きりなのだから、もう少し危機感を持って欲しいところなんだけど。


 すごい嬉しそうにして、でもすぐ何か思い出したかのように表情を整える星川へ、再度質問する。


「で、学校では俺たちどうする?」

「どう、とは?」

「いや、仲良くするか……とか?家に通ってるの知られたら、流石に噂にはなるだろうし」

「あ……そうですよね」


 初日から家に押しかけてくるぐらいだからあまり気にしないかと思ったけど、そうでもないようだ。端正な顔を顰め、熟考に入ってしまった。


 流石に同学年の男の家に毎日のように来てる――もちろん仕事としてきているのだが――のが知れれば、今あれだけ騒がれてるのと合わせ相当な話題になってしまうのは確実だ。


「転校生って思ってた以上に騒がれてしまうものなのですね……これ以上大きな騒ぎになるのはちょっと……」


 予想外だというように彼女がつぶやく。まぁ理由の半分……いや、8割近くは、星川がめちゃくちゃ綺麗だからなんだけどな。


「じゃあ当面は必要以上に絡まないようにするか。幼馴染なのはばれてるし、初日の案内ぐらいなら大丈夫だろうけど、学校で一緒にいたりはなるべく避ける……でいいか?」


 取り敢えずの提案として星川に確認を取ろうと彼女のほうを見る……前に、袖の部分をぎゅっとつかまれる。


「騒ぎになるのは困るけど、拓海君と一緒に居れないのは嫌……です」

「え?あ……ああ、うん。そうだな」


 星川は俺の袖を指でぎゅっと引っ張り、少しむず痒そうな顔で俺を上目使いに見てくる。こちらでの知り合いは少ないんだろうし心細いんだろう。それか友達として仲良くって事だ。自分に言い聞かせとかないと、勘違いしてしまいそうで困る。


「一緒にいすぎるのはさすがに目立つから避けるけど、それ以外はあんま気にしないことにするよ。なんかあったら適当に誤魔化せばいいし」

「それでお願いします」


 少しほっとしたように見える。こちらも普通に接することができるのは、まぁ嬉しいと思ってしまう。


「とりあえず行こうか」

「はい」


 俺の横に寄り添い嬉しそうにしている星川。それを見ているだけで、細かいことがどうでもいいことのように感じてしまった。

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