第8話
「お恥ずかしいところをお見せしました」
「い、いや、これは俺が悪かったから」
落ち着いた星川は、少し鼻をすすりながらそう謝罪する。泣きじゃくったことがよほど恥ずかしかったのか、泣いていたときよりも顔を真っ赤に染め自分の髪を指で忙しなく弄りながら謝罪する。目元もまだ赤いままだが、でもその表情はどことなくスッキリしているようにも見える。
俺のほうは申し訳なくて何を話したらいいか分からず苦笑いすることしか出来なかった。
「私が勝手に勘違いしてただけですから、あんまり気にしないでくださいね?」
「お、おう」
気まで使われてしまって、余計に自分が情けなくなる。
「また……一緒にいてもいいんですよね?」
「え?ああ、それはもちろん。仕事もするんだろ?」
「はい!」
少し心配そうに聞いてきた星川にそう答えると、彼女は昔のような無邪気な笑顔で大きく返事をする。それをみて俺も安心してしまう。
でも星川はすぐしまったというような顔をして、すっとお澄まし顔に戻ってしまう。笑顔……というか、子供っぽいところをを見せたくないのかもしれない。
食器洗いは後で自分がするからと、今日はとりあえず星川を帰すことにした。
「そういえば、星川さんの家ってどこらへんなの?」
「ふふっ、すぐですよ」
帰り支度をした星川と一緒に玄関まで来て、どれぐらい時間が掛かるのか気になり聞いたのだが、彼女はそれだけ言うと悪戯っぽく微笑む。
「あそこです」
「は?」
玄関を出て道を挟みすぐ斜めにあるアパート。星川はそこを指差す。
「あそこって……」
「そうです」
そう、あそこは引越し前に星川の家があった場所だ。引越し後少ししてアパートになった。確か4階建てで、作りのよい単身者用アパートだったっけ。
「賃貸になってることは知ってて、ためしに検索したら丁度部屋が空いたんですよ」
運がよかった、そう嬉しそうに話す星川。少し前に引っ越してきてて、俺を驚かすため出入りは気をつけていたけど、ばれないかハラハラしていたと笑いながら話す。
「ただ部屋の場所がですね……」
「なにか問題があったの?」
「いえ、最上階の角部屋で、条件のいい場所な代わりに賃料が少し……」
「あー、なるほど」
確かそういう場所は条件がいいから値段が上がるんだったか。築4,5年だから新しいほうなんだろうし。それでバイトなのか。
「でも、これなら心配ないでしょう?」
「そ、そうだな」
屈んで下から俺の顔を少し見上げて、楽しそうにそう言う彼女。俺がびっくりしたことにしてやったりということなのだろう。確かに、引っ越してきてうちで働くってだけでも今日は驚きっぱなしなのに、まさか引っ越し先が昔住んでいたところだとは。そりゃ驚くなって方が無理な話だ。
「あの、それで……」
「ん?」
「今後のこともあるので連絡先を交換したいんですけど……」
「あー、そうだった」
少し気まずそうに聞かれたのでなにかと思ったけどそういうことか。友達なら普通のことだ。普通のことだけど、確かに異性からは聞きにくいよな。
「ありがとうございます」
「うん。仕事のこととか細かい話はまた明日にでも」
「はい」
とりあえず電話とメッセの交換を済ませると、彼女は大事そうにスマホを抱きしめる。俺のほうも後々仲良くなれればなんて思ってたから、あんなことの後ではあるけど、こんなに早く連絡先を交換できた事に顔がにやけそうになるのを耐える。
「あっ……と、もう一つお願いがあるんですけど」
「何?」
「ママに拓海くんと合流している事を報告したいので……一緒に写真を撮らせて貰いたいのですが」
「一緒に?」
「駄目……ですか?」
「え?全然いいよ。それじゃあ」
女性とツーショットする事なんてそうないので、少し緊張する。
俺が星川の横に立つと彼女はスマホを構え、「撮ります」というとさっと撮影してしまう。
「そ、それじゃあ、また学校で」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
道を挟んですぐの場所だ。挨拶を済ませたら家に戻ってもいいんだけど、彼女がアパートに入るまで見送っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます