第3話

「拓海ー、今日部活どうすんだ?」

「んー?実は今日から長めのフリータイムなんだ。色々準備すっから休む」

「おっ、お楽しみかぁ?それじゃ放課後は一人さびしく帰るとしますか」

「どーせテニス部の女子誘うんだろ?」

「ぶははは、まぁな」


 結局、星川の周りの人だかりが減ることはなく、今日は諦めて帰ることにした。


 正直どこに引っ越してきたのか、今までどうしていたのか、聞きたい事は星の数ほどある。それに叔父さんや叔母さんに挨拶もしたい。


 でも何年も会ってなかったし、電話連絡すらしてなかったんだ。同級生とは言え、いきなり女子に家を教えろというのも聞きにくい。クラス替えもあったのだから、この騒ぎも明日には席近くのクラスメイトへと分散されるだろうし、聞けるかは分からないけど、全ては明日まで我慢する事にした。


 同じようなことを思ったのか、星川には触れずに真人が俺に声を掛けてくる。だけど今日は、始業式とは別にちょっとだけ特別な日なので部活もお休みだ。


 ちなみに部活は書道部。文化部でもお堅いイメージがあるかもしれないけど、本格的な活動はしてない。まともに顔を出してるのは部長と副部長である俺の2人ぐらい。活動も基本的に自由なので週1~2回ぐらいだし。


 とりあえず行事やイベントに合わせて作品は作るけど、あとは部室で勉強したり読書したりと、「おしゃべりできる図書室」みたいに使ってる。幽霊部員がかなり居るので、生徒会の査察の日だけはかなり賑わうけど、それ以外は基本的に静かで自由なところだ。


 野球部やサッカー部等一部ガチ目の所は別として、うちの学校は部活強制ではあるけどその活動は全体的に緩めだ。真人の所属するテニス部もどちらかといえばクラブやサークルに近くて、真人も毎日きっちり活動なんてことはない。


 お互いの部活に遊びに行ったりなんてこともあるし、どちらかに合わせて一緒に帰ったりなんかもするのでよく時間合わせするんだけど、今日は色々と準備をしないといけないので断りを入れる。


「そーいえば、真優が入りたいって言ってたぞ」

「書道部に?そっちじゃなくて?」

「おう」

「真優ちゃん、ばりばり運動系だろ?なんでまた?」

「お前が!居るから!!だろ!!!」

「いてーっ、やめろやめろっ」


 真人に思い切りヘッドロックされる。まぁ本気ではないのでそこまで痛くはないないのだが。


 田崎真優(たざき まひろ)。今年入学してきた真人の一つ下の妹だ。はっきりいって凄いかわいい。かわいいのだが……まぁ恋愛対象として見れるというわけではなく……小さな子供みたいにかわいい、という意味なのだ。


 真人は妹の真優ちゃんを見た目通りの、すごい年の離れた小さな子供のように扱って、それでしばしばうざがられている。そして何故か知らないが俺が真優ちゃんに気に入られていて、そこに関してだけは真人から圧を受けている。


 幼い頃から俺と真人、星川に真優ちゃんでよくつるんでたので、そのせいで気に入られてるのだ。


 また集るのもいいな……まずは久し振りな星川と昔のように仲良くなれるか、なんだけど。とりあえず話すのはまた明日だ。


 帰る前に部長にメッセで確認だけしとくか。


「早速浮気か」

「ちげーし」

「真優というものがありながら!」

「そっちかよ」

「ほー、どっちだと思ったのかね?拓海君?」

「……」


 メッセのやり取りをしてると真人がそんな風に茶化してくる。これだから幼馴染というやつは……






「ただいまー」


 スーパーで食料を買い込み帰宅する。一応挨拶はするが、家には誰も居ない。


 うちは3人家族。父さんはいわゆる単身赴任というやつで、何時からかは忘れたけど普段から家には居なくて、基本は母さんとの二人暮らし。


 自由奔放な父さんは単身赴任を満喫していてあまり……いや、ほぼ帰って来ない。俺が小さい頃は、それでも行事ごとに父さんが帰ってきたり、俺と母さんで父さんのところに行ったりしていた。


 俺が高校生になり一人で留守番を任せられると判断されてからは、母さんだけが定期的に父さんの所に通い、俺は留守を任されるようになった。親が居ない時期があるなんてクラスメイトに知られるとたまり場にされかねないので、真人にはこの期間をフリータイムなんて言っている。


 今日からなんと二月近く母さんが居ない。別に母さんと仲が悪いわけではない。二人暮らしが長いから、むしろ余所と比べて仲が良すぎなのではと思う。それでも親の目がない生活というのは色んな意味で気楽でいい。


 そしてこんな特殊な生活をしているけど父さんと母さんも仲がいい。むしろ期間をあけて会うからこそなのか、息子が居るのも気にせず会うと新婚カップルかってぐらいベタベタする。俺がいるときにされるのは恥ずかしいからやめてもらいたいが。


そんなわけで、俺は大丈夫だから長期間父さんのところに行ってこいと薦めたのだ。せっかく二人きりになれるんだし仲良くやれるならいいことだろう。


 ただ母さんは若くして俺を生んだので、16の息子が居るのだが本人は30代前半……あまり想像はしたくないが、この年で弟か妹が出来てしまうのではないかと少し冷や冷やしている。


 家事はそこまで得意ではないけど、困らない程度にはこなせる。掃除を怠りゴミ屋敷にでもしなければ怒られる事もない。


 問題は食事。料理に関しては本当に簡単なものしか作れないし、キッチンを汚すと後々の掃除が大変なので、食費は外食や弁当で済ませられるよう多めにもらえている。それを節約し自分のおこずかいを増やす……この時期に行う金策だ。


 元々大食いでもないし、ご飯だけ炊いて卵や納豆・ふりかけなどで済ませたり、セールの弁当を買ったり、外食でも安いのが売りの定食屋や『ご飯みそ汁御代わり無料』みたいな店をチョイスする。


 余った分全部懐に入れるのは流石に憚られるので、節約できた分から一部だけもらえるように交渉済み。基本はバイト禁止なので、ここでの収入は自分にとって大きいのだ。


 そういえば今回は食事に対して手を打ったと母さんが言ってたな。冷蔵庫を確認したけど、むしろ整理されていて備蓄は少ない。何をしたのか?


「ふぅ……」


 とりあえず荷物を置き、リビングのソファーに腰を深く降ろす。考えるのは星川の事。母さんは何も言ってなかったけど、何時こちらに引っ越してきたんだろう。叔父さんの仕事の都合だろうか?


 ……早く話してみたい。そんな事を思い、頭を横に振る。気にはかけてくれてるみたいだったけど、あの様子だともう俺とは昔の知り合い程度にしか思ってなさそうだ。時間も空いてるのだから仕方のない事。そう分かっていても、今日見た星川の事が脳裏から離れない。


 ぴんぽーん!


 そんなことをぼーっと考えているとチャイムがなる。夕飯時だ。なるほど、さては母さん、何かの食料配送サービスでも手配してくれたのか?買った物が無駄にならないといいけど。そんなことを思いながら玄関に向かう。


「こんばんは……」

「え?あ……こんばんは」


 玄関を開けると、そこには星川が居た。わざわざ挨拶に来たのか?ちゃんと家覚えてたんだなということに少し嬉しくなり、先ほどまで目の前の女の子で事を悶々と思い悩んでた事が嘘のように消えてしまう。


 学校でも思ったけど、めちゃくちゃ綺麗になったな。顔も整ってるしスタイルも凄くいい。実際対面してみるとドキドキしてしまう。顔に出ちゃう前に用件だけ済ませちゃおう。


「えーと、父さんも母さんも今いないんだ。そっちへの挨拶なら」

「知ってます。今日はお夕飯を作りに来ました」

「は?」


 突然の星川の申し出に意味が分からず、唖然としている俺を見て、そっけない……でも少し恥ずげな星川の顔を見続けてしまった。

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