第33話 自転車

 フジミヤの自転車には荷台が無かった。


「ゲリチ!ウチの肩持ってボーに乗って!」


 ボー…


 タイヤの中心から左右に棒が出ている。


 ボンコの肩に手を置いて、棒の上に立つと、グワンと進み出した。


 ボンコがさすがの脚力で、グイグイ自転車を漕いで行く。




 消えてしまった駅の方へ向かっているけれど、よく考えたらG3達が有ると言っていた駅は別の駅の事だったかもしれない…

 なんとなく飛び出して来てしまったけれど、もっと詳しく聞けばよかった。


 でも…


 隣の駅だとしても、今からでは多分、間に合わない。


 空の色が、さらに薄くなっていく。

 ワラワルは時間が進むのが早い。

 今にも夜が明けてしまいそうで落ち着かなかった。

 

 視界に駅が見えてくる事を祈りながら、背筋を伸ばして先を見る。






 ***

 何も遮る物は無い。

 藍色の空が、どこまでも遠くまで広がっている。


 やっぱり無い…


 この先の角を曲がれば…




 駅があるはずだった…


「ハァハァ…」


 角で自転車を止めた。

 ボンコの息だけが響くロータリーから、巨大な空地をぼんやり見る。


 空はまだ暗いけれど、太陽の気配が迫っていた。

 今から他を探しても間に合わない。


 嗚呼、なんでもっと詳しく聞いておかなかったのだろうか…


 ここじゃなかった。


 後悔で動けない。


 電池切れのように全てが止まった。




 コンコンコンコンコンコンコンコン…


 この音…


 電車にエネルギーが漲っていく音に聞こえた。


 たまらず、大きな空地の中へ走り出していた。


 音の方を見ると、少し離れた所に電車が待っている。


「ボンチッ!!!ボンチーーーッ!!!」


 全身でボンコを呼んだ。


 がっかりして、ぼやけていたボンコにスイッチが入った。


「ボンチ走ってーーーっ!!!」




 ボンコは直ぐに状況を飲み込んで、全力で走っている自分をポコポコ追い越して行った。


 ホームへの階段を、ポコポコッと上って行くボンコを、必死に追って行くと笛が鳴った。


「ハァーハァー待ってぇ…」




 ボンコが先に乗り込むと…


 ドアが閉まっていく…





 ギリギリ乗れた…


 体の右半分だけ乗れた…


 非常口のマークの様な形で、電車のドアに挟まった。


「ぎゃあぁぁぁ!」


 ドアはどんどん閉まってくる。

 ギューッと閉まってきて、焦っているとプシュッと開いた。


「ハァーハァーグハァーハァー…」


 電車内に響きわたる自分の息と、爆笑しているボンコの笑い声と、ゆっくりと動き出した電車の走行音のハーモニーに、アナウンスが重なる。


「えぇー駆け込み乗車はぁー大変危険ですのでぇーお止めくださいぃー…」


「ギャハギャハギャハギャハ!ハァハァハァヤバい!ヤバいー!!!ヒーヒー息できない!死ぬー!死ぬぅー!!!」


 死にません。


 真っ赤な顔の真ん中を汗が流れた。


「ハァー…ハァー…」


 恥は続くよどこまでも…


 ゴトンゴトン…




 ボンコは、死ぬ死ぬ言って笑い転げながら、死んだように眠ってしまった。


 その様子を見ながら、色々な事を思い出して、自分も笑いが止まらなくなった。

 腹筋が痛くて、ギュッと目を閉じる。

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