第30話 やぐら

 ドンドンドン カラカッカ

 ドドンドドン…


 やぐらの下を見ると、大勢の人達の視線が自分に集まっている。


 なんで…

 知らないよ…

 何歌えば…

 無理だよ…

 どうしよう…


 お腹が痛い…


 体が冷たくなって、力が入らない。

 やぐらの上で震えて居ると、夜店の前の、ひときわ派手な女子達に目が行く。


 G3…


 カラフルな甚平で楽しそうなノリノリG3と、一緒にボンコが居る!


 ああ無事で良かった!




 嬉しい気持ちは一瞬だけで、人々の苛立ちを受けて泣きそうになる。


「まだなのー!?」

「早く始めてよ!!」




 ボンコがやぐらの上の自分に気付いた。


 ゲリチー!

 ヤバー!

 てかなんでそんなとこ居るのー!

 超ウケるんだけどー!

 てかマイク持ってるしー!

 サイコー!

 まじ歌ってー!


 G4が爆笑している。


「無理だよ~」


 泣きそうになっていると、ボンコがやぐらの真下まで駆けよって、腹から薄い本を出してコチラに掲げた。


 遠い。


 全然届かない。


 それに…


 そういう問題じゃない。


 ボンコは真剣な顔で薄い本を掲げ続けている。


「ゲリチー!」

「がんばれー!」


 パワーだけでも貰おうと、手を伸ばした。


「ボンチありがとー!」




 すると、ボンコの周りに落ちていた、小石やらゴミやらがふわーっと浮き上がった。


 え…


 浮き上がったゴミ等は、ボンコの周りをゆっくりと回り出し、加速していく。


 ピュンピュンと飛び回っていたゴミは、見えなくなる程に高速になり、やがて迷惑な程に周りを巻き込んで大きな竜巻になった。


 飛ばされないように、全員が姿勢を低くして髪などを押さえている。


「ゲリチー!!!」

「大丈夫ー!!!」

「行けー!!!」


 ボンコの手を離れた薄い本が、ゆっくりひょろひよろとコチラに上がって来て、指先で掴むと竜巻がおさまった。


 なにこの力…


 受け取った薄い本を開く。




 ◇◇◇◇

 人生ナナ節


 ナ~ナ~なんとかなるもんさぁ~♪

 ソレッ…




 うん。


 これね。


 これを貰っても、なんともならない。


 歌うとか無理だよ…


 冷や汗が止まらない…


 お腹が痛い…


 吐きそう…


 禿げそう…


 泣きそう…




 ポン ポン


 肩を叩かれて振り向くと、目の前に、ニッと笑った口元があった。

 並んだ歯の真ん中が無い。


 イチレツが、七福神メンバーの弁財天の格好で、手を差しのべていた。


 マイクと薄い本を渡すと、早速、ねちっこい歌唱が始まった。


「なーなー…ウエッホ…なんとかー…んー…んなあーるうー…」


 イチレツ大先生!

 ありがとうございます!

 やぐらの角で手を合わせて拝む。


 助かった…


 太鼓と全く合っていないけれど、なんの問題もありません!

 イケメンが、全力で合わせにいっている。


 こうして、ボンコから薄い本を受け取り、イチレツ大先生に渡すという大役を果たし、大勢の人前で歌うという呪縛が解けて、緊張から解放された。


 下を見ると、みんな踊りにくそうで楽しそうだった。

 G4は、完全オリジナルのボンおどりで盛り上がっている。




 その輪の少し先で、軽やかに盆踊っている人物に目が止まった。


 ミッチー…


 話を聞くチャンス!


 ボンコにミチを捕まえて貰いたくて、手を振るけれど気づかない。

 やぐらの上を、右へ左へ動き回ってやっと目が合うと、得意のジェスチャーで伝える。




 ゲリチー!

 ヤバいってー!

 めっちゃウケるー!

 ゲリチの踊りまじひどすぎるんだけどー!


 G4が手を叩いて爆笑している。


 G4以外の人達も笑っていた。


 人々の笑顔が溢れる盆踊りの輪から外れて、ミチは軽やかに行ってしまった。

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