第29話 中

 目を開けると…


 真っ暗だった。


 目を開けているのかどうかも、分からなくなってくる程に暗い。


 「ボンちぃーーー…」




 返事は無い。

 多分、ボンコとは別の穴に落ちてしまったのだろう。


 長く、滑り台を滑っているような感覚があって、怪我もなく無事に降りて来られた。

 もう一方の穴も、滑り台の様になっていたのだろうか…

 ボンコも無事だと良いのだけれど…




 それにしても暗い。

 暗すぎて動き出せない。

 間違った方向へ進みたくなくて固まってしまった。


 どこへ向かえば良いのだろう…


 恐る恐る近くを触ってみるけれど、自分の周りの手の届く所には何も無くて、ツルツルとした床が続いていた。


 進んで行くのが怖い。


 寝っ転がって、足の先を出来るだけ伸ばして暗闇を探った。


 へぁっ…


 足がつって、体をくの字に爪先を掴む。


 おとなしく、痛みが去るのを待っていると、床の奥から音が聞こえてくる。


 この音は何だろう…


 機械の様な…

 足音の様な…




 胸騒ぎを感じながら、床に耳をくっ付けていると、自分のつむじ辺りの髪が、サワーと動いた様な気がした。


 風…

 何か通ったのだろうか…


 空気の動いた方へ、息をひそめて、少しずつ床を確かめて行くと、突然、冷たい物に触った。


 ハッ


 とっさに手を引いて…


 また、そっと触ってみる…


 知っている感触だった。


 布…


 何?


 冷たい布の様な物を、ふわんと押してみると、触っている手を避けるように、布がスーと動いた。


 ヒッ!!


 まじでナニ!!!?




 コクンコクンコクンコクン…


 ジェットコースターが動き出す様な音がして、床が、少しだけ振動している。


 何?

 何?

 何?


 キョロキョロしていると音が止まった。


 え?

 え?

 え?




 ほわんと灯りが付いて、上を見ると、浴衣のイケメンが、無表情でこちらを見下ろしていた。


「わっ!!!」


 暗闇で触っていたのは、足袋を履いたイケメンの足だった。


 冷え性…




 頭上には、提灯がぶら下がって、四方に連なっている。

 イケメンの前には和太鼓が置いてあって、周りは紅白の縞模様に囲まれていた。


 まるで盆踊りのやぐらみたいだ。


 立ち上がって、紅白の縞から顔を出すと、ずらっと並んだ灯りの下に、浴衣を着た人々が大勢集まっている。


 これは…


 完全に盆踊りだ。


 自分は今…


 大盆踊り大会のやぐらの上に居る。


 どうしよう…


 無関係の自分が、こんな所に居ては邪魔になるし、高所恐怖症にとっては苦手な高さで、早くここから降りたかった。

 グルッと一周りしてみるけれど、どこから降りるのか分からなくて、イケメンに聞いてみる。


「あの…」


 ドンドンドン カラカッカ

 ドドンドドン カラカッカ


 え…


 イケメンが、太鼓を叩き出して、盆踊りが始まってしまった。

 仕方ないので終わるまで待つしかない。


 ドンドンドン カラカッカ

 ドドンドドン カラカッカ

 ドンドンドン カラカッカ

 ドドンドドン…




 同じ調子の太鼓ばかりで、なかなか歌が始まらない。

 どうしたのだろう…


 やぐらの下では、人々がザワザワしだした。


「オーイ!どーなってるんだよー!」


 ヤジが飛んでくる。

 本当にどうなっているのかとイケメンを見ると、太鼓を止めて何か言っている。


 え…


 蚊の鳴くような声で、よく聞こえない。



「ジブンノォ…ヨキィ…コロデェ…ウタイハジメテェ…クダ…イネッ…」


 マイクを渡された。




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