第25話 机の下

 えー…


 なんでこんな所に居るのだろう…


 乱雑な準備室の奥に同化して全く気付かなかった。

 少女は縮こまって、うつ向いて居る様に見えたのだけれど…

 よく見ると、髪の毛の隙間から鋭い目が、こちらを睨んでいる。


 うわー…


 薄気味悪くてボンコの制服をギュッと握った。


「あのー…てか髪の毛まじ超キレーなんだけどー!」


 ボンコは、何も気にせず普通に、少女に近付いて行った。


 えー…


 少女は、急に距離を縮めて来たボンコに一瞬たじろいだけれど、睨みをきかせたまま、顔を覆っていた髪の毛を、イイ女風にかき上げた。


「ゲッ…」


 少女は…

 少女ではなかった。

 イイ女でもなかった。


 オッサンだった。


 オッサンは、厳しい顔でボンコを睨んだまま、首の辺りの髪を、後ろへファッとはねのけて頬杖をついた。


「わー!めちゃイイ匂いなんだけどー!」


 準備室の入口付近で、ジンタイの陰から覗いている自分の所にも、めちゃイイ匂いが届いた。


 オッサンは、歌舞伎の連獅子の様に、毛をフワーッと振り上げて首をかしげた。

 上目遣いのキメ顔でボンコを見ている。


「まじサラツヤー!」


 オッサンは、また、反対方向に毛をフワーッと振り上げて、首をかしげた。

 まんざらでもないという感じのキメ顔で、ボンコを見ている。


「てか!なんか塗ってる!?」


 オッサンは、接着剤を出した時のようにスーッと小瓶を差し出し、持って行けという感じでボンコに押し付けた。


「え!?くれるの!?ラッキー!ありがとー!てかまじうれしいんだけどー!ゲリチ!貰ったー!」


 ボンコがキラキラした顔で、キラキラした小瓶を見せびらかしに来た。

 そして、思い出したかの様に戻って、ポケットから何か取り出して渡した。


 あんなに機嫌の悪そうな顔で睨んでいたオッサンが、まるで七福神のメンバーであるかの様な笑顔で手を振った。


 恐るべし…


 ボンコのコミュニケーション能力、人たらし。




 2人で小瓶をかざしたり、少しつけてみたりしながら美術室を出ると、微かに音が聞こえた。


「今の聞こえた?」

「ん?」

「ピアノの音…まだ誰か居るのかな…」

「てかまじ誰だろ!?」






 ***

 音楽室を覗くと、誰も居なかった。


「もう…帰ったのかな…」

「てかぎゃくにー!モーツァルトが出てきて弾いてた的なー!?」


 あり得る。

 なにしろ、ここはワラワルなのだから…


 窓の上に並んだ肖像画を見上げると、モーツァルトが七福神レベルの笑顔でフレームに収まっていた。


 笑顔過ぎる…


 モーツァルトは収まっていたけれど…

 隣のフレームは空だった。




 ――ジャジャジャジャーン♪


 ピアノが鳴った。

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