第8話 悪魔の心『テネブル・ムーティス』

俺は深く、フードを被る。


村を、人間を、殺した俺にはもう、何もない。


いや、あるか。『呪い』が。


何も考えられない。

何もかもを捨てた。


もう、どうでもいい。


俺は自分を庇って生きるんだ。


周りなんてどうだっていいんだよ。


冷たい。ひたすらに、冷たい。


雪が顔に当たる。


「寒いな。」

そんなことを言いながら、歩き続ける。


どこに向かっているのか、そんなことわかるわけもない。


俺は、もう、なんでもよかった。


もう、もう、大丈夫だ。






雪が、冷たい風が、頬や体に触れる度に何かを失っている気がする。


一つ、また一つ、また一つ、


痛い。痛い。


でも、なんだか、心地良い気もするんだ。






記憶なんて、今では思い出せない。

俺には誰がいた?

俺には何がいた?

俺には何があった?



残るのは『呪い』。

それによって苦しめられたことくらいしか記憶にない。


でも、俺は思う。

どうでも良いことを忘れることができて良かったと。


「テネブル。」

俺の名前だ。言える。


「俺の家族は………」

いない、のか?言えない。


「俺の友達は………」

いたか?言えない。


ああ、思い出せない。これも『呪い』のせいなのか。


本当に忘れたのか?






『呪い』は彼を蝕んでゆく。

それは、彼の記憶ですらも消していく。


しかし、それは、彼にとって、今の彼にとっては、必要なことだろう。


彼は既に『村』を殺している。


その記憶があるままではきっと、生きるという、息を吸い、吐くことだって、彼には難しいのだから。

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