第4話 12歳の誕生日『テネブル・ムーティス』

「はあ、はあ、はあ、あ、ははは…俺、やべえな」

自分の顔を鏡を通して見てみる。顔には黒く、丸い形のアザが頬にできている。手の甲には星の形をしたアザができている。

自分でも驚くくらいの醜い姿だった。テネブルは鏡を見るのをやめ、とても眩しい景色が広がる窓の外を見てみた。

村の子どもたちがルナと共にはしゃいで、遊んでいる。枯れ葉が舞う空の下で、あんなにも楽しそうに。

テネブルはそっと窓ガラスに手を触れる。

「俺も行きたいなあ。」

ぼそっと呟いた。しかし、この体とこのアザとこの体調では、到底無理だ。彼もそれをわかっていた。だから、尚更、行きたいのだ。あの頃のように遊びたい。ルナと野原の上でかけっこしたように。

「うっ!ううう…く、苦しい…」

テネブルの体から黒い煙のようなものが溢れ出る…体のどこから出ているのか、彼ですらもわからなかった。

倒れるようにベットへ転がる。

「はあ、はあ、はあ、い、痛い…痛い…痛いってばっ!」

誰に向けて言っているのか、彼にもわからなかった。ただただ、こんな暗い部屋で過ごす毎日が嫌でたまらなかった。



「テネブル。」

呼ばれた、気がする。彼は、ベットの上で起き上がる。

「うん?」

テネブルは『平気』なふりをする。

「あ、起きてる?今日は誕生日でしょ?12歳の。」

ルナの声だった。テネブルは今日初めて気がついたという顔して、

「そ、そうだったっけ?」

ドア越しにルナに問いかける。

「そうだよっ!もう、忘れないでよ。っていうかドア開けてもいい?」

「うん。」

ギイイイという音をたてながら、木のドアが開いた。

「実は今日、この部屋で誕生日会しようって話になったんだけど…」

ルナは既に16歳になっていた。その姿はどこから見ても綺麗なお姉さんという感じだ。

「あ、うん。いいよ。でも、俺、いつ煙を出すのかわからないよ。」

「大丈夫よ。そんなに心配しなくても。今、お父さんとお母さんはプレゼント買いに行っているの。エリナはまだ掃除をしてるの。私は…暇だったからここに来た。てへ!」

笑っているルナを見た途端、テネブルはなんだかホッとしていた。


まだ俺を『弟』として見てくれている。

まだ、俺を『テネブル』として見てくれている。

よかった、よかった。


「どうしたのよ?固まって。お茶とかいる?少し、落ち着くよ?」

「大丈夫。そんなに喉、乾いてないから。」

笑う。

「そっか。」


ゴンッ


何かが、窓に当たった音がした。

「え?」

テネブルが窓の外を見た。ルナも窓の方に駆け寄った。

「何?」

二人して何が起こったのかがわからない。

呆然としたまま、窓の外を見ていた。ルナは何か投げたであろう犯人を探していた。

もう外は真っ暗だ。今日は月が分厚い雲で隠れている。そのせいか、ルナの髪色は変わらない。

「テネブル、ちょっと待ってて。私、見てくるから。」

「ちょ、姉さん、大丈夫だよ!姉さん!」

ルナは出ていこうとした足を止めた。

「でも、」

「大丈夫だから、いつものことだから。ね?」

「いつもって、いつも投げられているの⁉︎」

しまったとテネブルは思ったが、落ち着いて対処しようとした。

「そんな、毎日じゃないけどね。だからいいんだ。あはは…」

笑う。

ルナは励ます言葉すらも見当たらないまま「そう。」と答えた。

「姉さん、父さんたちが帰ってきたよ。」

「ほんとだ。」

「行かなくていいの?」

「いいよ。今日はテネブルと過ごすって決めたから。」

「ほんと⁉︎」

「うん。そんなに嬉しそうにしちゃって〜、そんなに嬉しいのかな?」

いたずらをしている口調で、ルナはテネブルを頭をわしゃわしゃと撫でた。

「そ、そんなことないから!」

「あははっ!そんな〜」

そんな会話がしばらく続いていると、エリナが来て、目をギランと光らせて、何やら箒や、バケツ、雑巾を持っていた。

「急に入ってすみません、テネブル様、ルナ様。」

「ど、どうしたの?エリナ?」

「掃除しにいましたっ!テネブル様の誕生日会はまだなので、今のうちに掃除させていただきます!」

テネブルとルナはくすくすと笑って「いいよ」と言って、エリナの掃除を許可した。

エリナは最近、『掃除』にハマったらしく、とにかく掃除をしたがっているのだ。確か、前まではガラクタを集めて、『エリナコレクション』という芸術作品を作ろうとしていた。

「ねえ、エリナ。」

テネブルがエリナを呼ぶ。

「はい。なんでしょう?」

部屋の窓を開けながら、聞き返した。

「この前までハマっていた『エリナコレクション』ってどうなったの?」

テネブルは目をキラキラさせながら聞いた。しかし、エリナは顔を赤くして、テネブルの問いに落ちつた口調で話した。

「それは…えっと、それはですね…」

「私が答えてあげるわ。えっとね、お父さんにガラクタだと思われて捨てられたのよ?」

「えっ。」

ルナは容赦なく、『エリナコレクション』についてペラペラと喋る。その度にエリナの顔が赤くなっていっているのが暗い部屋でもわかる。

「ちょ、姉さん、いいよ。もうわかったから。あはは、そうなんだ。」

「あ、ごめん、ちょっと喋りすぎたっていうか…あは、あはは…」

ルナもやっと気づいたのか、エリナに謝る。

「もうっ!ルナ様!そんなに言わなくてもいいではないですか!うう。恥ずかしいです…」

そう言いながら、箒を持って床を掃き始めた。

「ごめんって。えへへ。」

「もう。」

テネブルはそんな会話を、とても楽しそうに、とても幸せそうに聞いていた。

「テネブル。」

シェーンとブラードが空いているドアから顔を出した。

「お待たせ、ケーキよ!って、すごい埃が待っているわね。」

「す、すみません、つい!」

「大丈夫よ。まだ部屋が綺麗になっていないのでしょう?料理がまだできてないから、まだ大丈夫よ。」

「本当にすみません。すぐに終わらせます!」

「いいのよ。テネブル、ルナ、別の部屋にでも移動したら?そこではエリナの掃除の邪魔になるでしょう?」

「あ、いえ、そんなことは!」

必死に訴えるが、そこでテネブルが、「俺、ここにいたいんだ。」と一言言った。シェーンはそんなテネブルを見て、少し顔を濁すと、「そう。わかったわ。」と言って、ケーキを見せずに行ってしまった。

ブラードがテネブルの部屋に入り、テネブルの頭を撫でた。

「もう少しで料理もできるからな。楽しみにしてなよ。」

「う、うん。」

そう言って、ブラードは部屋を出ていった。エリナは相変わらず、黙々と掃除に取り掛かっていた。

ルナはシェーンのあの表情がとても苦しかった。

「テネブル、楽しみだね。ケーキ。」

「うん!」

笑う。テネブルの顔にはいつも『笑顔』が張り付いていた。



テーブルを置き、

料理を置き、

家族で食べる。

ケーキを置き、

家族で食べる。



たったそれだけの誕生日会がテネブルにとって、どれだけ幸せか誰にも感じることはできないが、こんなにも『幸せ』をテネブルは噛み締めていた。


いつまでも、これが続くよう願う。

いつまでも、いつまでも。

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