第3話 12歳の誕生日『ルナ・ムーティス』

「今日は、ルナの誕生日の日ね。」

シェーンがエリナと共に作ったホールケーキをテーブルの上に置く。

ケーキの上では蝋燭が5本刺してあり、小さな火が隙間風で揺れている。

「もう12歳か。あっという間だな。」

ブラードが微笑ましそうに、でも少し寂しそうに言った。

「姉さん!これ、プレゼント!」

弟であるテネブルから紙袋を手渡される。

「えっ!何これ!ありがと、テネブル。」

「うん!」

テネブルはまだ8歳だ。しかし、彼が持っていた箇所であろうところに黒い手垢のようなものが、くっきりと張り付いていた。

「あ…」

テネブルはそのことに気づいたらしい。黒い手形がはっきりと紙袋に付いている。

「ああ…ご、ごめんなさい…姉さん…」

震える声で、とても小さな声で、彼は言った。ルナは何も気にしていないという顔して、

「何を言っているのよ、そんなに気にしないでいいよ。私は大丈夫だから。」

そう言った。テネブルは少し表情を和らげたが、やはり体の震え、声の震えは治っていない。

「う、うん。」

そんな二人を見て、シェーンはテネブルの頭を撫でる。

「テネブル、大丈夫よ。そんなに心配しないで。」

シェーンはそっと、テネブルを抱きしめる。しかし、テネブルはそんなシェーンから一歩下がる。

「ごめんなさい、母さん。ぼく、ちょっと…」


まだ『8歳』の彼が自分は『危険』だと判断した。


それを見たルナも何故か、彼から一歩下がっていた。

もらった紙袋を落としていた。


「ルナっ!」

ブラードが急に怒鳴った。

「えっ。」

「ちょっと来なさい。」

急に呼び出された意味がわからないルナの中にはもう一つ、何かが生まれていた。それが自分にも分かり、父のブラードにもわかったのだろう。


外に出された。月が出ている。今日は満月だ。月光に当たるルナの髪は『銀色』に変わった。

「お、お父さん、私っ…」

「ごめんな、急に怒鳴って…ルナがあれ以上の行動を移せば、きっと、テネブルには耐えられなくなると思ってな…」

「ご、ごめん、なさい…ごめん、なさい…」

彼女も震えた。自分の気持ちが揺らぐ。

あの時、あの黒い手形が紙袋に付いていることに気づいたとき、ルナは『気持ち悪い』と感じてしまったのだ。

そのことに気づいたブラードが、ルナを外へ呼んだのだ。

「大丈夫だ。ルナ。落ち着きなさい。お父さんもごめんな、ルナの誕生日だというのに、怒鳴ったりして。」

「ううん、私が悪いの。私、テネブルのこと…さっき、」

「言わなくて大丈夫だ。ほら、見てごらん?あの月を。」

ブラードが指を刺す方向にルナは目をやった。

とても美しい、満月だ。

まるで、ルナの12歳の誕生日を祝うかのように、月の光がルナに降り注いでいた。

「お月様も今日はルナの12歳の誕生日を祝ってくれているよ。」

「うん。ほんと、綺麗。」

「じゃあ、戻ろうか。テネブルがくれた物、ちゃんと見てあげなさい。きっと、いい物だろうから。」

「うんっ!」

夏の終わり頃の夜、涼しい風がルナの髪を靡かせる。夜空には満月の月だけではなく、たくさんの星々が散らばってた。


「ただいま。ごめんな、急に外なんかに出て。」

ブラードが木の椅子に座りながら言った。

「大丈夫です。ご主人様。今、奥様がテネブル様を寝かしに行きました。ルア様もおかりなさいませ。先ほどのテネブル様からのプレゼントはテーブルの上にありますよ。」

「うん。ありがと。エリナ。」

ルナはテネブルの手形を気にすることなく、中身を開けてみた。

そこにはオルゴールが入っていた。

「わっ!」

ルナはそっと出してみる。

「これって、オルゴール⁉︎」

「そうだよ。村の雑貨売り場で売っていたんだ。」

「わあ!ありがとう!」

ルナはオルゴールのネジを捻ってみる。チッチッチッチと音を出しながらルナは捻っていく。

そして、ネジを離してみる。

音が流れていく。とても滑らかに、儚い音が台所中に響いていく。

オルゴールはガラスでできており、ガラスの青い鳥を再現して作られていた。

今では、青い鳥など一羽もいない。と、占い師が言ってたことをルナは思い出す。

ガラスの青い鳥のネジは尻の方に付いている。

少しだけ回すのが嫌になりそうな位置だが、鳥はとても可愛らしく再現されていた。

「嬉しい!」

「これは、買ったのはお父さんだが、選んだのはテネブルだ。まだ寝てないだろうからお礼を言っておいで。」

「うん!」

ルナは急いでテネブルの部屋へと駆け込んだ。

「テネブル!」

そう言って、ドアを開ける。

ブラードの言う通り、まだ起きていた。ルナはオルゴールを見せながら、ベットで眠ろうとしているテネブルに言った。

「このオルゴール、ありがとう!とても嬉しいよ!本当に、ありがと。」

テネブルは笑った。

「えへへ。そんなに喜んでもらえるなんて、よかった!姉さん、ぼく、体調が良くないから寝るね。おやすみ。」

「う…ん…おやすみ…」

シェーンはそっと、テネブルの頬にキスをした。

「おやすみ。」

そう言って、シェーンと共にテネブルの部屋を出た。

「ルナ。あなたは優しい子ね。もうあなたは12歳ね。明日、テネブルのこと、説明してあげるわ。」

ルナはまだ知らなかった。テネブルが『呪い』にかかっていることを。

母であるシェーンの表情があまりにも辛そうで、ルナは何も言葉を発せなかった。

台所に戻ると、ルナの分だけのケーキが置かれていた。

「私だけ?」

「ごめんな、テネブルがまだ食べれないから、今日は誕生日のルナだけだ。」

「わ、わかった。」

ルナは椅子に座り、一人だけケーキを頬張った。甘いはずのケーキの味が、なぜか甘く感じられない。なんだか、彼女の中でモヤっとしたものが頭と心の中で渦を巻いていた。





次の日。

約束通り、テネブルが起きる前にルナの部屋で、シェーンからテネブルの話を聞いた。


私は、何も言葉にはできなかった。

私が本当は呪いが注がれるはずが、月に住人によって、守られた。

だから、テネブルに呪いが移った。

私のせいではないか。でも、自分の中で安堵の気持ちも微かにあった。

思ってしまいたくもない気持ちがドロドロと体を巡っていく。

私は決めた。テネブルに寄り添うと。




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