第2話 勇者の子『テネブル・ムーティス』

「ねえね!待ってよー!」

テネブルは姉のルナと共に、春の野原で走り回っていた。

「あははっ!テネブル、遅いよー!」

きゃっきゃっと騒ぐ二人を見て、母のシェーンと父ブラード、侍女のエリナは微笑ましく思っていた。


こんな日々がどれだけ儚いものだったのか、彼が自覚する時はきっと、さらに先の未来だろう。


温かい風が二人の髪を靡かせる。

『春』は素敵だ。蝶が花の蜜を求め、宙を舞い、野原には色とりどりの花々が咲き誇り、春の空からは優しげな太陽の光が降り注ぐ。

誰も、彼の『呪い』のことは気にしなかった。

「良かった。テネブルがあんなにも笑っているなんて。」

「ああ。本当に良かった。」

テネブルは冬の間、あの幼い体で、『呪い』と戦っていた。彼が意識しなくとも、体には『勇者の血』が巡っている。『呪い』が力を強めようとしても『勇者の血』がそれを抑えようとしているのだ。

「冬の間はあんなにも寝込み、疲れた顔してたのに、今ではスッキリした顔ね。」

「そうだな。ルナもあんなに、はしゃいで。」

「ええ。可愛いわ。ふふっ。」

しかし、彼の体にはやはり『呪い』が入り込んでいる。いくら、『勇者の血』が戦っても、それは消えないものだった。それとどう向き合っていくのか、それは彼であるテネブルにしか決めれないものだ。

「ねえ、テネブル。これ、あげるよ!」

ルナがにこりと笑って、一輪の草花を渡した。

「これって、リーベって言う花なんだよ。」

「そうなの?」

「そうだよ、確か、花言葉はあなたを愛してますって意味!」

「へー!」

テネブルは、その『リーベ』という花を受け取り、見つめた。

「綺麗だねっ!」

「でしょ!」

誇らしそうな顔をして、ルナは「あはは」と笑っていた。

『リーベ』という花は、とても可愛らしい小さな花で、花びらが薄ピンク色で花びらの先の方が若干、赤くなっている花だ。

「二人ともー!お昼だぞ!」

父であるブラードが叫んで、二人を呼んだ。二人はそれをすぐに気づき、父や母、エリナがいるところへと向かった。

「おおっ、来た来た!」

ブラードは嬉しそうな顔をして、抱きついてきたテネブルを思いっきり抱きしめた。ルナとシェーン、エリナは笑って、それを見ていた。

とても、とっても、幸せだと、幼いテネブルは思っていた。

「ママ!私もぎゅーして!」

ルナもその光景を見て、羨ましく思ったのか、母であるシェーンに抱きついた。もちろん、シェーンも思いっきり抱きしめた。

侍女であるエリナは、微笑みながら見ていると、テネブルが抱きついてきた。

「わっ、テネブル様⁉︎わわっ、そんな、私なんかに!」

そう言って、慌てていると、ブラードがエリナに向かって、

「抱きしめていいのだよ。」

優しげな表情で言った。

「じゃ、じゃあ、遠慮なく…」

テネブルと視線を合わせ、エリナはぎゅっとテネブルを抱きしめた。

「うう、ずるいなあ。私もー!」

そう言って来たのは、ルナだった。もちろん、ルナも抱きしめたエリナだった。


その後、5人はシェーンとエリナが作ったサンドイッチを食べ、家へと帰った。

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