坩堝-5

 とろとろと上下の瞼が重くなり、閉じていく。意識を手放す直前、「おやすみ」と鼓膜を震わせた優しい声に、フユトは今度こそ、遠慮なく全てを明け渡した。

 外で荒れ狂う嵐の只中で、子どもは黒ずくめの少年の絶望に触れた。無自覚に泣く少年は、子どもに頭を抱かれて後ろ髪を梳かれながら、あどけない声に、「いい子」と許された。

 いつもの夢で目が覚める。記憶としては断片も覚えていない、遠い日の情景が夢の中では鮮明に繰り返される。親を亡くして孤児となったその日、フユトは確かに、シギの罪咎を赦したのだ。フユトを生きるか死ぬかの瀬戸際へ追いやり、六年もの間、正気をすり減らしながら生き延びる羽目になったきっかけを作った男なのに。

 大嫌いなのに大好きで、大好きなのに大嫌いだ。もう、本当に、どうしようもない。

 起き抜けの頭でぼんやりしていると、ヘッドボードに凭れて座るシギの右手が、くしゃりと髪を撫でた。視線は手元の文庫本に落としたまま、こちらを見やる気色もないのに、正確無比な動きで耳を擽る。

「……俺はお前のペットかよ」

 されるがまま、喉を鳴らす猫のような仕草で顎を撫でられながら、フユトが不満気な声を上げると、シギはようやくちらりと視線を寄越して、ゆるりと口角を上げる。

「飼われてる自覚はあるのか」

「……シネ、馬鹿」

 揶揄するシギの口調に、むっと眉を寄せて悪態をついた。

 随分とぐっすり眠ってしまった気がする。寝る前より身体が怠い。寝返りを打って仰向けになった。緑と青色の発光ダイオードのフットライト以外、寝室に明かりはないから時間の感覚もない。空腹で胃がキリキリとする。それなりの時間、熟睡したのだろう。そろそろ何か食べないとな、と思いながら、傍らで読書に勤しむシギを見る。

「何か食いに行く?」

 眠り込むフユトに寄り添っていたはずのシギだって、きっと、朝から何も食べていないはずだ。思って声を掛けると、フユト以上に食に興味のない男は栞を挟むことなく本を閉じ、フレームレスの眼鏡を外して、仰向けの恋人を振り向いた。

「動けるのか」

 腰の状態を気遣われる。面映ゆくて目を細める。

「俺だって処女じゃねェよ」

 思ったままを言葉にして、それはそれでどうなのかと思ったものの、あんな姿もこんな痴態も晒しておいて今更なので、撤回することはしなかった。

 この男に飼われようと決めた、そのときから、フユトはシギの片腕たる優秀な手駒であろうとして来たし、シギの墓標でありたいと願ってきた。同時に、シギを墓標にする腹積もりでいる。運命の悪戯で出会ってしまった二人だから、悪逆非道を共に生きる伴柄ともがらだから、終焉はその手で迎えたい。その日までフユトを蜜壷の底に沈め、窒息させようとしてくる冷たい手に指を伸ばし、触れた。

















坩堝-了

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